UFO小学校のミニキャンプ
むかい とよあき
豊島区東池袋*―**―**
向井豊昭 59歳 使送員 TEL ****・****
おひるがちかづいてくると、かていかしつからは、おいしそうなにおいがながれてきます。
きょうは、カレーのにおいでした。においをさぐりにやってきた流(りゅう)ちゃんが、にっこりとわらいます。かていかしつのにおいは、おひるのきゅうしょくのためのものなのでした。
きゅうしょくは、とうばんになった子どもたちの手でつくります。十二月のとうばんは、六くみでした。カレーのなべを大きなしゃもじでかきまわしているのは、太くんです。口をむすび、太くんはしんけんでした。
「太くん、がんばってね」
手をふって、流ちゃんは、まどごしにこえをかけました。もう一つの手には、としょしつからもってきた本がにぎられています。
『大そうじ百科(ひゃっか)』という文字が見えました。流ちゃんは、一くみの、二学きのだいひょういいんなのです。二学きのだいひょういいんのさいごのしごとは、大そうじとしゅうぎょうしきをどのようにやるかをかんがえることでした。
「うん、がんばってるよ」
しゃもじをうごかしながら太くんがこたえます。おかあさんがなくなって一カ月――まだまだ、かなしみはきえませんが、カレーの中に、なみだをおとしてなどいられません。
「ぼくね、いま、大そうじのべんきょうしているの」
流ちゃんは、本のひょうしを太くんに見せました。太くんは、六くみのだいひょういいんなのです。
「おおそうじかァ」と、太くんは、まゆをしかめました。
きゅうしょくとうばんのくみは、かていかしつの大そうじもしなければなりません。でも、大そうじの日、おなかのへったみんなのために、きゅうしょくもつくってあげなければならないのです。かていかしつの大そうじは、いつも、しゅうぎょうしきがおわってから、とうばんがのこってやるようになっていました。
流ちゃんがとしょしつにもどっていきます。太くんも、大そうじのやりかたをべんきょうしなければなりません。太くんが一ばんかんがえてみたいのは、のこらなくてもいいようにすることでした。
「アーア」 ためいきをついて、太くんは天じょうを見上げました。
すすがゆらゆらとおちてきます。おどりのようなそのうごきに太くんは見とれていました。天ごくからふってくるようなおかあさんのたましいをかんじていたのです。しゃもじをもつ手のうごきがとまっていました。
「スースーダー!」
ひろ子ちゃんのこえがしました。車いすがはしります。カレーのなべの上めがけて、ひろ子ちゃんはあたまをつき出しました。
なべの中におちようとしていたすすをあたまのうしろがうけとめます。ひろ子ちゃんのはな先でカレーがこげはじめていました。
「コーゲーテールー!」
ひろ子ちゃんのこえに、はしりよってきたのは大ちゃんです。うごきをわすれた太くんのしゃもじをひったくると、大いそぎで、なべをそこからかきまわしました。
こげたにおいは、うまいぐあいにちらばります。 「スースー、トッーテー!」
なべからはずしたあたまを下げて、ひろ子ちゃんがいいました。
ようやく気がついた太くんが、ひろ子ちゃんのあたまに手をのばします。すすをつまみ、くつのそこでふみました。
「アーア、しゅうぎょうしきに、ぼくたちだけ大そうじかァ」
くつのそこがしつこくすすをこすり、すすは、小さなほこりになってまい上がります。
「ほこり、たてないで!」
すこしはなれたおかまのまえで、鳥男(とりお)くんがちゅういしました。たき上がったごはんを、鳥男くんは、しゃもじでほぐしているのです。
くつのうごきはとまりましたが、太くんのことばはとまりません。 「アーア、しゅうぎょうしきに大そうじかァ」
「シューギョーシーキー、ノーコールーノー、ヤーメーヨー」 「やめるわけにいかないよ」
「オーソージーノー、キューショークー、ヤーメーヨー」 「やめるわけにいかないよ」
「キューショークー、ヤーメーテー、キャーンープー、ヤーロー」 「エッ?! いま、ひろ子ちゃん、なんていった?!」
「キューショークー、ヤーメーテー、キャーンープー、ヤーロー」
「それはいいかんがえだ! きゅうしょくをやめて、大そうじがおわったあと、グラウンドで、みんながキャンプみたいに、たべたいものをつくってたべればいいんだ! それなら、かていかしつも大そうじできるんだよ! ひろ子ちゃん、あたまいいなァ!」
「みんな、さんせいしてくれるかなァ」と、大ちゃんがしんぱいそうにいいました。 「ぼく、さんせい!」 「わたし、さんせい!」
まわりでは、こえと一しょに右手が上がります。
「ここにいる人は、ぜんいん、さんせい。じゃあ、だいひょういいんかいで、はなしあおうね」と、太くんは、ひろ子ちゃんにいいました。六くみのもう一人のだいひょういいんは、ひろ子ちゃんです。
大そうじの日がきました。いつもの大そうじとは、みんなのようすがちがいます。目はひかり、手はおどり、ばしょをかえて足はす早くうごくのです。だいひょういいんかいできまったおひるのよういをするために、みんなは一びょうでも早く大そうじをおわらせようとはりきっていました。
見る見るうちにきれいになった校しゃの中から、子どもたちがとび出してきます。かていかしつからかりてきたほうちょうや、まないたをもっているものもいれば、うちからかりてきたプロパンガスのボンベをもち上げるものもいます。グラウンドのすみの水どうをかこんで、やさいをきざむグループもいれば、ガスコンロの火の上に、もう、やかんをのせているグループもいます。
「ばけつに水をくんで、おいといたほうがいいわよ」 キャベツをかかえてとおりかかった大ちゃんのママが、火を見つけていいました。
「火じになったら、やかんの水をかけるから、ばけつなんかいらないよ」とこたえたのは、五くみの震(しん)くんです。
震くんたちは、インスタントラーメンのカップをもっていました。 大ちゃんのママは、立ちどまっていいます。
「そのかんがえ、あまいわよ。そのインスタントラーメンのふたをはがして、そのへんにおいといたとかんがえましょう。いまは、かぜがないけど、きゅうにかぜがふいてきたとかんがえましょう。かぜにとばされたかみのふたが火の中に入り、もえ上がったまま、とびはじめるとかんがえましょう。とんでいくふたにむかって水をかけるとかんがえましょう」
「わかった! やかんの水より、ばけつの水のほうが、とおくにむかってかけられる! とんでいる火には、ばけつのほうがいいんだ!」と、震くんがいいました。
「さすがは地震(じしん)クラブの震くんね。ようじんをしすぎて、そんはないのよ」と、大ちゃんのママは、震くんのかたをたたきました。
まわりの子どもたちは、ばけつをとりにはしり出しています。
「あっ、あそこの火にもばけつがない!」と、ママは、ほうがくをかえてはしり出します。 「小子ちゃーん! キャベツちょうだーい!」
ママのグループのうた子さんが、名まえをよびながらおいかけていきました。キャベツをもったまま、はしりまわられては、いつまでたってもきざむことができません。いつまでたってもやきそばはできないのです。
「ごめん、ごめん」
立ちどまってキャベツをわたすと、ママは、またはしり出しました。みがるになったからだのうごきは、火から火へうつります。火という火には、ばけつの水がよういされました。
やきそばができるころ、インスタントラーメンの震くんたちは、もうたべおわっていました。
「おいしそうだなァ」と、やきそばのグループのうしろで、ためいきをつきます。
「どうして、インスタントラーメンなんかにしたのよ」と、大ちゃんのママは、やきそばをはしでつまみながらいいました。
「かんたんで、すぐできるから」と、震くんがこたえます。
「あんたが地震クラブだからって、さいがいのときみたいなたべものにしなくてもいいでしょう」
「やきそばだって、けっこうかんたんじゃない」 「かんたんはかんたんでも、やさいや、おにくが入ってて、えいようがちがうのよ」
はしでつまんだやきそばが、震くんの口のまえにたれ下がっています。
「アーン」と口をあけると、大ちゃんのママは、やきそばの先っぽを震くんの口の中に入れてくれました。
スルスルッとすすりながら、震くんはにっこりわらいます。
ママのはしは、キャベツをつまんでいました。震くんは、また口をあけて、キャベツを入れてもらいます。はしは、人じんをつまんでいました。
「それ、いや。にく、ちょうだい」 「わたし、ダイエットしているから、にくは流ちゃんにあげちゃったのよ」
震くんは、となりにいる流ちゃんのおさらをのぞきました。 とられては大へんと、流ちゃんは、あわててにくを口の中にはこびます。
「小さい人のをねらっちゃだめよ。人じん、人じん。これをたべたら、もう一かい、やきそばをあげるわ」
ママがいいます。震くんは、あとずさりしました。
震くんのグループの男の子が二人、震くんのまえにわりこんできます。女の子もつながり、震くんは、はじきとばされてしまいました。
先とうの子どもが口を大きくあけ、人じんをもらいます。やきそば、キャベツと入れてもらい、人じんのごほうびにもう一ど、やきそばを入れてもらいました。
「はい、つぎの人」と、ママはいいました。
「ぼく、人じん大すき! 二かいでも、三かいでもたべるから、ごほうびのやきそばもたくさんちょうだい!」
いれかわった男の子は、げん気なこえでママのまえに立ちました。
わらいながらママが人じんをつまんだとき、サイレンの音がきこえました。人じんをかむ口のうごきにあわせて、サイレンはちかづいてきます。
はしのやきそばが口のまえでとまったとき、サイレンは学校のまえでとまりました。 「なんだろう?」
ママのことばと一しょに、やきそばをつまんだはしがおさらの上にもどっていきます。やきそばをおいかけた口は、おさらの上でおいつきました。
口のうごきよりも早く、赤いしょうぼう車からとび下りたのはしょうぼうたいいんです。
「せきにんしゃは、だれですか?!」と、さけんだのは、たいちょうでした。 うた子さんが、おはしをもった手を上げました。
ちかづいてきたたいちょうは、「なんだ、子どもじゃないか」といいました。
「この学校じゃあ、せきにんしゃなのよ。じどうかいのかいちょうなんですからね」と、大ちゃんのママが口を出します。
「あなた、先生ですか?」と、たいちょうはママにいいました。 「わたしは、生とよ」
「大人が小学校の生とだなんて、そんなばかなことないでしょう」 「わたし、まじめにおこたえしてるんですよ」
「わたしだって、まじめです。火は、すぐにけしてください!」 「ゴーハーンー、マーダー、ターケーテーナーイーヨー!」
大きなこえで、ひろ子ちゃんがいいました。ひろ子ちゃんのグループは、おにぎりなのです。まだたき上がらないなべをかこんでいるのは、ひろ子ちゃんや太くん、そして大ちゃんたちでした。
「おにぎりにしなくてよかった。ぼくたち、もうたべちゃったから、火なんか、かんけいないもんね」と、震くんがいいました。
「そういうじぶんかってなこといっちゃあ、だめでしょう!」
大ちゃんのママは、震くんのえりくびをつかみました。せたけがひくいママの手は、まるで震くんにぶら下がっているようです。
ママの手がはなれ、空気をきってはしります。震くんのおしりを手はたたきました。 「ごめんなさーい!」と、震くんがさけびます。
「みんなにあやまるのよ」 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
むきをかえて、震くんは、みんなにあやまります。つづけてむきをかえたのは、しょうぼうたいちょうでした。
「火をけしなさい! 火をけしなさい! 火をけしなさい! 火をけしなさい!」
「どうして、けさなきゃならないのよ! かぜもないし、ばけつの水だって、ようしているのよ!」と、大ちゃんのママは、くい下がります。
「こういうところで火をつかうときは、しょうぼうにとどけることになっているんです! そういう、きそくなんです!」
「あら、そう! しらなかったわ! じゃあ、いま、とどけます! ミニキャンプのため、グラウンドで火をつかわせてください! これでいいわね!」
「そんなとどけがありますか! かみにかいて、はんこをおして、一しゅうかんまえにはとどけてもらわなければ、きょかを出すことはできないんです!」
「一しゅうかんまえですって?! ミニキャンプをやることがきまったのは、三日まえなのよ! 一しゅうかんもまえにとどけられるわけないじゃない!」
「こんな大じなことを、たった三日まえにきめるなんて、どうかしてるよ!」
「三日まえで、なぜわるいのよ! 一日まえだって、一じかんまえだって、いいとおもうことは、どんどんやるのがUFO小学校なのよ!」
ママとたいちょうのいいあいがつづいていきます。なべのふたがカタカタと音をたて、おいしそうなごはんのにおいがただよってきました。もうすこしのがんばりです。ママは大きくいきをすって、ことばをとばしつづけました。ことばと一しょに、つばもとびます。
たいちょうのはなのあたまに、つばがかかりました。たいちょうは手でぬぐい、あとずさりをします。つばとことばにおいつめられ、たいちょうは、しょうぼう車のまえまでもどってしまいました。
「ゴーハーンー、ターケーターヨー!」 ひろ子ちゃんのこえがひびきます。どのグループの火も、やく目をおわり、もうきえていました。
「火は、ぜんぶ、けしましたよ!」 さいごのことばと、さいごのつばをママはとばしました。口の中は、カラカラです。
「きょうは、しかたがない。これから気をつけてくれ」と、たいちょうは、かすれたこえでいいました。
エンジンが音をたて、しょうぼう車がすがたをけします。 「のどあめ、もってきて」 ママのこえもかすれていました。
ほけんしつにむかって、大ちゃんがかけ出すと、みんなは先をうばおうと、あとをおいかけました。 (了)
続く
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