UFO小学校のかきぞめ
むかい とよあき
豊島区東池袋*―**―**
向井豊昭 59歳 使送員 TEL ****・****
ふゆ休みは、まだおわっていないのに、UFO小学校のタラップを子どもたちがかけ上っていました。
「あけましておめでとう!」 「あけましておめでとう!」 学校のまわりも、中も、お正月のあいさつがひびいています。
「小子ちゃん! あけましておめでとう!」
名ざしでいわれた大ちゃんのママは、タラップにかけた足をとめました。ふりかえると、はしってくるのは太(ふとし)くんです。ふといからだを左右にゆらせ、あせをたらしながらはしってきます。
ハーハーいきをはきながら、かおはわらっていました。なにしろ、きょうは、三学きのじどうかいちょうになった太くんがむかえる、はじめてのぎょうじの日なのです。じどうかいちょうをきめるジャンケンでかったのは、二学きのしゅうぎょうしきの日のことでした。
「あら、太くん、おめでとうっていってもいいの?」と、ママはたずねます。太くんのおかあさんがなくなったのは、まだ二ヶ月まえのことでした。
「うん、おとうさんがね、じどうかいちょうになったんだから、げん気よく、かきぞめをしておいでっていったんだよ。きょうは二日だから、おとうさんもしごとはじめで、人ぎょうの頭(かしら)をつくるんだって。本もののおかあさんにまけないような頭をつくるって、はりきってたよ」
「そう、おとうさん、がんばってんのね。太くんも、まけられないわ。あけましておめでとう。本年も、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
太くんは、タラップをかけ上っていきました。大ちゃんのママは、あとからあるいて上ります。大ちゃんは、一足お先に学校についていました。三学きのだいひょういいんになった大ちゃんなのです。
たいいくかんには、もう人が一ぱいあつまっていました。おしゃべりのむれをぬって、おにごっこの子どもたちがかけぬけていきます。
マイクをもって、太くんがまえに出ました。 「みなさん、あけましておめでとうございます!」
「おめでとうございます!」と、みんなのことばがかえります。
おにごっこの足がとまり、おしゃべりのことばがとまりました。しゃがんだ子どももいれば、立ったままの子どももいます。それぞれのしせいはバラバラですが、みんなの目と耳は太くんにむけられていました。
「このまえのだいひょういいんかいできまったとおり、くみごとにまとまって、かきぞめをします。なにをつかっても、どこにかいてもいいけど、かく文字は、じぶんの名まえということになっています。『ワー、いいなァ』って、みんなにながめてもらえるようなじぶんをかけるように、がんばってください」
太くんのあいさつがおわると、みんなは、くみごとにまとまりはじめました。
「六くみ、あつまってくださーい!」と手を上げているのは、あたらしいだいひょういいんの一(はじめ)くんです。
大ちゃんは、あわてて一くんのとなりにいきました。大ちゃんだって、六くみのだいひょういいんなのです。
一年生では一ばんせのたかい大ちゃんですが、五年生の一くんにはかないません。まけるもんかと、つま先立ちをしました。手を上げて、一しょにこえをはり上げます。
「六くみ、あつまってくださーい!」
こえのたかさは、一くんにまけません。六くみのおともだちは、大ちゃんめがけてあつまってきました。気ぶんをよくした大ちゃんは、「かきぞめ、ぼくが一ばん先にやるからね!」といってしまいました。
マットをしき、しんぶんがみでおおいます。その上に、大きな白いかみをのせました。ばけつに一ぱいのぼくじゅうがよういされます。
大ちゃんは、ふくをぬぎました。シャツもぬぎ、上は、はだかになってしまいます。気あいを入れて、いよいよかきはじめるのかなとおもったら、大ちゃんの手はベルトにかかりました。
ズボンをぬぎます。パンツに手がかかりました。 「ヤーダー!」と、ひろ子ちゃんがさけびました。
「ぬがなきゃ、できないの?」と、太くんがたずねます。 「ぬいだほうが、きれいにでき上がるとおもうんだ」 「きれいに?」
「うん、からだにぼくじゅうをぬって、かみの上に大の字になるの」
「エーッ、それ、ぼくのかんがえてきたやりかたとおんなじだよ!」と、太くんはおどろきます。 「ぼくだって、じぶんでかんがえたんだよ!」
「大ちゃんが先にやったら、あとにやるぼくは、まねしたみたいになるじゃないか!」
つかみあいになりそうな二人のあいだに、鳥男(とりお)くんが入りました。
「太くん、まねしたなんて、だれもおもわないよ。もう、はだかになっちゃったんだから、大ちゃん先にやってもらおうよ。大ちゃん、はだかは、そのくらいにして、先にやりな。大ちゃんのパンツ、おしりにピッチリくっついてるから、そのままでも、きれいにでき上がるとおもうよ」
「パンツぬがないで、ぼくじゅうぬったら、あらうのが大へんだよ」と、大ちゃんは口をとがらせます。
「パンツのぼくじゅうは、おちないだろうなァ。でもさァ、まっぱだかじゃ、やだっていってる人もいるんだからさァ」
「パンツをよごしたら、ママにおこられるよ」 「おこられるか、おこられないか、ママにきいてきてやるよ」
鳥男くんがはしり出しました。たいいくかんのはんたいがわにいる一くみのむれの中に入っていきます。大ちゃんのママのわらいごえがひびき、鳥男くんは、二つのうでで大きなまるをつくって見せました。
にっこりわらった大ちゃんは、ふでにぼくじゅうをすわせます。せ中に手をまわしてぬりはじめますが、うまくぬることができませんでした。
「ぼくがぬってやるよ」 太くんが手を出すと、大ちゃんはふでをわたしました。 「わたしも手つだってあげるわ」
「ぼくも手つだってあげるよ」
じぶんのふでを手にもって、大ちゃんのうしろにみんながあつまります。からだのうしろは、見る見るうちに、まっくろにぬられていきました。
またをひらいて、かみの下のほうに立ちます。手もひらき、大の字のかたちをつくると、うしろにむかってたおれました。
バタンという音と一しょに、ぼくじゅうがとびちります。 「ワーッ!」
マットをかこんだみんなのからだが一せいにはなれました。
ひらいた手をむねにあつめ、大ちゃんは、こしから上をす早くおこします。はずみをのせて立ち上がり、マットのそとへとびはねました。
はなれたみんなのからだがマットにあつまり、かみにのこされた大の字をながめます。
「うまくいったァ!」と、みんなのこえがかさなりました。
ぼくじゅうがかわかないうちは、かみをうごかすことができません。マットをまたよういして、あたらしいかみをのせました。こんどは太くんのばんです。
パンツ一つになった太くんがいいました。 「おかあさんにおこられるしんぱいなんてしなくていいから、ぼくは気らくだよ」
「おとうさんには、おこられないの?」と、大ちゃんがたずねました。 「おこられないように、すてていくよ」
「パンツ、はかないでかえるの?」 「大ちゃんだって、そのパンツ、はいてかえられないだろう?」
「ほけんしつに、おしっこたれたときのパンツがあるから、かりてかえったら?」と、鳥男くんがいいました。 もんだいは、かいけつです。
「ぼくじゅう、ぬって!」と、太くんはみんなにいいました。 ふでをもったみんなが太くんにむらがります。
「かおにもぬってよ」と、太くんがいいました。
口をむすび、目をつぶった太くんのかおをふでがなめまわします。からだのうしろもぬりおわり、太くんは、まんまるいからだをかみの上にはこびました。
たいいくがとくいではない太くんです。うしろにむかってドスンとたおれると、タスケテーというように足をたかく上げてしまいました。よこにねじれおちそうな足のうごきをこらえると、太くんは、ようやく二本の足をひらいて、かみの上におとします。
とびちったぼくじゅうにおいかけられ、にげ出したみんなのせ中はよごれていました。「キャーッ!」というこえの中から、はく手がおこります。げん気づけられた太くんは、こしから上をおこそうとしました。
くびだけは上がるのですが、せ中は、かみからはなれません。ひっくりかえったかめのようでした。 「ハハハハハ」
こらえきれずに、みんなはわらいました。 わらうみんなをよこ目でにらみながら「たすけてヨーッ!」と、太くんはいいました。
はだしになった鳥男くんが、太くんのかたの下に手を入れます。 「一、二、三!」
鳥男くんのかけごえと一しょに、太くんのからだがもち上がりました。おしりと足はつけたままです。
ひらいたまたのあいだにむかって、太くんは、まっくろにぬったかおをのばしました。さいごのてんをうたなければ、太という文字はでき上がらないのです。
またの上で、なんどもかおがとまり、かみにとどくことはできません。ぼくじゅうと、あせと、なみだが一しょになり、あごの下からくろいしずくがたれてきました。
「たすけてやろうか?」と、鳥男くんがいいました。 「うん」 「一、二、三!」
かけごえと一しょに、鳥男くんは太くんのくびをおしました。 「イテテテテ!」 ひめいにかまわず、鳥男くんはおしつづけます。
おでこの先がとどきました。ねじふせるようにくびをおし、口からあごまでとどかせます。
ころあいをはかって、鳥男くんは手をはなしました。かみの上にたっぷりとてんをうった太くんのかおは、バネのようにはね上がってきました。
くびをおさえ、鳥男くんは、みんなにいいます。 「だれか、手をひっぱっておこしてやってよ!」
上ぐつをぬいだ男の子が二人、右と左から手を出しました。うしろからは鳥男くんです。 「一、二、三!」
太くんのおもいからだがうき、ふといからだのあとが文字のかたちをのこしていました。
「うまくいったァ!」と、みんなのこえがかさなります。 「こんどは、ぼくやるよ」と、一くんがいいました。
ぼくじゅうはつかいません。ばけつの中に、みどりいろのえのぐをとかすのです。
ばけつとモップをもって、一くんは、まどのそばにいきました。まるいたいいくかんをぐるりとまどはかこんでいます。
一くんは、ばけつにモップをつっこみました。えのぐをすったモップの先をまどのガラスにあてます。あてたまま、一くんは、まどにそってはしり出しました。
ばけつをもったともだちが一くんをおいかけます。えのぐのかすれが見えはじめるまどのようすに、一くんは足をとめました。
ばけつの中にモップをつっこみなおし、一くんはまた、せんをつなげてはしります。
くりかえしていると、もとのまどがちかづいてきました。おわりのせんが、せんのはじめにむかっていくのです。つながってしまっては、一という文字になりません。
つながる手まえで足をとめ、一くんは、まどからモップをはなしました。 「うまくいったァ!」と、みんなのこえがかさなります。
「ヒーローコー、ソートーデーヤールー」
エスカレーターにむかって、ひろ子ちゃんが車をはしらせました。ならんだかいだんをみんなはかけ下ります。グラウンドに出たひろ子ちゃんの車は、ものおきにむかいました。
「セッーカーイー、トッーテー」 ものおきをあけて、大ちゃんが入ります。
石かいのこなをラインひきに入れました。白いこなが立ちのぼり、ぼくじゅうでよごれた大ちゃんのくろいからだは、まっ白にへんしんしてしまいました。
ひろ子ちゃんのからだのまえに、ラインひきを立てかけます。ラインひきのあたまを、ひろ子ちゃんは、あごではさみました。りょう手は、車をあやつります。
車のうごきと一しょに、ラインひきがつきすすみました。車はなんどもむきをかえ、白い文字をグラウンドにかいていきます。『ひ』がかかれ、『ろ』がかかれ、『子』のさいごの一本をかきおわって、車はとまりました。
「うまくいったァ!」と、みんなのこえがかさなります。
ひろ子ちゃんのあたまが、ガクンとうしろに下がりました。あごにはさまれていたラインひきが、ひろ子ちゃんのからだをすべりおちます。ラインひきは、音をたててグラウンドをうちました。
ひろ子ちゃんにむかって、みんながはしり出します。 「ひろ子ちゃん、大じょうぶ?!」 「ひろ子ちゃん、大じょうぶ?!」
しんぱいするみんなの目の下で、ひろ子ちゃんは、わらっていいました。 「ソーラー、ミーテーゴーラーンー」
みんなのくびが空を見上げます。UFOが一つ、とんでいました。まっ白なひこうぐもが青い空をはしり、文字をえがいていくのです。
みんなは、こえをあわせて、UFOのかきぞめをよみました。 「リ! ベー! ロ! アー! モ!」
UFOにのっているのは、リベーロとアーモだったのです。
花のかれた一月のグラウンドに、六十本の花がさきました。花はゆれます。三十人の子どもたちは、りょう手をふって、お正月のあいさつをうちゅう人におくるのでした。
(了)
続く
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