UFO小学校8

UFO小学校の学げいかい
向井 豊昭


   UFO小学校の学げいかい


 むかい とよあき

  豊島区東池袋*―**―**
 向井豊昭 58歳 使送員
 TEL ****・****

 
 かぜもないのに、花だんのキクの花がゆれていました。きょうしつからひびいてくるみんなのこえのせいでしょう。そとに出てあそぶものもなく、みんなは、それぞれのきょうしつで、学げいかいのそうだんをしているのです。
 六くみは、げきのそうだんです。うちゅうぼうけんに出かけた子どもが、うちゅう人と力をあわせてあくまをやっつけるというあらすじをまとめ上げたところでした。あとは、だれが、どのやくをやるかということがのこっているだけです。
「アークーマー、ヤッーツーケーテー、ソーレーカーラー、ナーニーシーターンーデースーカー?」
 やくのそうだんに入ったのに、ひろこちゃんは、まだ、あらすじにこだわっています。
「あくまをやっつけたんだから、もう、げきはおわりにしていいんだよ」と、鳥男(とりお)くんがいいました。
「ドーシーテー、オーワーリーニーナールーノー? ヤッーツーケーテー、ソーレーカーラー、ナーニーシーターンーデースーカー?」
「おわりにしなかったら、こまるだろう。どのくみも、一じかんでおわらせるというやくそくなんだから」
「ドーシーテー、イーチージーカーンーデー、オーワールーノー? キョー、ガッーコー、サーンージーカーンースーギーターケードー、マーダーオーワーラーナーイーヨー」
「あのねえ、ひろ子ちゃん」と、大ちゃんが口をはさみました。「ひろ子ちゃんのおとうさん。げきをつくる人でしょう?」
「ソーダーヨー」
「だったら、どうしてげきにおわりがあるのか、おとうさんにきいたほうがわかるんじゃない?」
「キークーヨー。オートーサーンーニー、キークーヨー」
「じゃあ、げきのおわりのもんだいは、ひろ子ちゃんのおとうさんにまかせて、やくをきめることにしようよ。しゅやくの男の子は、だれがいいかなァ。つよそうだけど、ドジで、ずうずうしいけど、やさしい男の子――」
 いいながら、鳥男くんは、みんなのかおを見わたしました。みんなも、かおを見わたします。やくにピッタリとおもわれる太(ふとし)くんのかおは、どこにも見えません。
「フートーシークーンー、イーナーイーヨー」
「太くん、おかあさんがびょう気だから、学校休んでかんびょうするんだって。けさ、でんわよこしたよ」
 大ちゃんが、みんなにいいました。
「じゃあ、つづきは、あしたそうだんしよう」と、鳥男くんがいいます。
「さんせーい!」
 はなしあいにつかれたみんなのこえが、きゅうにげん気をとりもどしてひびきました。
 
「ターダーイーマー!」
 おかえりなさいのことばはありません。おかあさんは、おつとめでした。おとうさんのへやには、『しごと中』というふだがかかっているのです。もう一しゅうかんもまえから、ふだはかかったままで、おとうさんがへやから出てくるのは、ごはんのときと、トイレのときだけでした。
 ふだのまえで車いすをとめて、ひろ子ちゃんは、ちょっとかんがえました。ドアをあけて、おとうさんのじゃまをしてはわるいのですが、ばんごはんまではじかんがあります。
 ドアをすこしだけ、あけてみました。のぞいてみると、つくえにむかうおとうさんのせ中がありません。いすの下には、クシャクシャにまるめたげんこうようしがちらばっていました。
 ドアをもうすこしあけてみます。ソファーにねころがったおとうさんの足が見えました。いびきがきこえます。
 車いすをうごかして、ひろ子ちゃんは、おとうさんのへやの中に入りました。
「ターダーイーマー!」
 びっくりしたおとうさんのからだがソファーの上でうごきます。目をこすり、おとうさんは、ひろ子ちゃんを見ました。
「ひろ子か……」
 おとうさんは、また目をつぶろうとします。
「ドーシーテー、ゲーキーニー、オーワーリーガーアールーノー?」
 ひろ子ちゃんのことばが、つぶりかかったおとうさんの目をこじあけました。一しゅうかんまえからかきはじめたげきを、うまくおわらせることができないでいたおとうさんなのです。どうしてげきにおわりがあるのか、かんがえることもなく、おとうさんは、おわりにむかって文字をならべていたのです。
「ひろ子は、へんなことをきくなァ。ウーン、おわり、おわり、おわり……そうか。このよの中のものは、みんなおわりがあるからなんだ。人げんにもおわりがあり、げきにもおわりがある。そういうことさ」
「ニーンーゲーンーニーモー、オーワーリーガーアールーノー?」
「うん、人げんは、しぬだろう」
「オートーサーンー、オーカーサーンー、ヒーローコー、ミーンーナー、シーヌーノー?」
「うん、しぬんだよ」
「シーヌー、ヤーダーヨー!」と、ひろ子ちゃんは、なき出しました。
 
「大ちゃん、しってる?」
 つぎの日、きょうしつに入ってきた大ちゃんに鳥男くんがはしりよってきました。
「なに?」と、大ちゃんはたずねます。
「太くんのおかあさん、しにそうなんだって……」
「シーヌートーコー、ミーターイー!」
 おくれて入ってきたひろ子ちゃんが大きなこえを出しました。
「ばかなことをいっちゃだめだよ!」と、鳥男くんがしかります。
「ゲーキーノーオーワーリー、ニーンーゲーンーノーオーワーリー、オーナージー。オートーサーンー、オーシーエーテークーレーターヨー。ヒーローコー、ニーンーゲーンーノーオーワーリー、ミーターコートーナーイー。ミーターイーヨー」
「げきはおわりまで見るけどさ、人げんのおわりは、見たいからって見にいくもんじゃないんだよ」
 鳥男くんがなだめていると、ろう下のでんわがなりました。
 きょうしつから出て、鳥男くんがじゅわきをとります。きこえてきたのは、太くんのこえでした。
「あのネー、おかあさんがネー、六くみのみんなにあいたいからネー、すぐきてっていうの」
「おかあさんのぐあいは?」
「もうたすからないって、おいしゃさんが……」
「すぐいくよ」
 きょうしつにもどった鳥男くんは、こえを出すことができません。チョークをにぎり、こくばんに文字をかきました。
 こくばんがつよく音をたてます。チョークがおれてとびました。手にのこったチョークをもちなおすと、鳥男くんは文字をつづけました。
 
太くんのおかあさんが、六くみのみんなにあいたいそうです。すぐ、いきましょう
 
 鳥男くんは、うなだれながらろう下に出ました。あとにつづく、みんなもうなだれています。うなだれたみんなの中にいると、ひろ子ちゃんのくびもうなだれてきました。
 
 青いかんばんを白くくりぬき、『頭(かしら)』という文字が見えました。人ぎょうの頭をつくる太くんのうちなのです。ビルの一かいのショーウィンドウには、かみのけが生え、目玉がついてでき上がっていくじゅんばんを見せて、たくさんの頭がならんでいました。
 おみせには、だれもいません。ドアのまえに、鳥男くんは、おそるおそる立ちました。 チャイムと一しょにドアがあきます。みせのおくにたれ下がったのれんをはらって、太くんのおとうさんがかおを出しました。おとうさんのうしろから、太くんのかおも見えます。
「どうぞ」
 ひくいこえで、おとうさんはいいました。
 ひくい足音で、みんなはおくに入ります。ひろ子ちゃんの車いすも、音をしのばせて入りました。
「きたよ」
 おかあさんの耳に口をよせて、太くんがいいました。
「おこして、」と、おかあさんのほそいこえがきこえます。
 からだをだきかかえて、おとうsなんがベッドの上におこしてあげました。せ中にあてたもうふによりかかり、おかあさんは、みんなのかおを見まわしました。
「UFO小学校のうたをみんなでうたってくれない? うたいながら、一しょに空をとんでもらいたいの。天ごくまでなんていわないわ。と中まで、おくってもらいたいの。一人だと、さびしいでしょう?」
 ほほえみながら、おかあさんがいいました。鳥男くんが口をひらきます。
「おばさん、みんなでおくりますよ。太くんは、みんなでまもるから、あんしんして天ごくにいってください」
 おかあさんのほほに、なみだがつたわりました。おとうさんのほほにつたわり、太くんのほほにつたわります。鳥男くんのほほにもつたわり、みんなのほほにもつたわっていました。
「早くうたをうたって。わたし、たのしい気ぶんで天ごくにいきたいの」と、おかあさんがうたをさいそくします。
「じゃあ、みんなでたのしくUFO小学校のうたをうたって、太くんのおかあさんをおくってあげよう。一、二、三、ハイ」
 鳥男くんがかけごえをかけますが、こえにはげん気がありません。みんなのうたもげん気がなく、と中で、とぎれてしまいました。
「太、しっかりうたいなさい。太がしっかりうたってくれなかったら、みんなもげん気が出せないじゃないの。これじゃあ、おかあさん、じごくいきになっちゃうわ」
 おかあさんは、太くんをしかりました。
 太くんは、じぶんのほほに手をやります。なみだをぬぐい、いきを大きくすいこみました。えがおをつくって、太くんのくちびるがうごきます。
♪ U(ユ) U(ユ) U(ユ) U(ユ)
  F(フ) F(フ) F(フ) F(フ)
  O(オ) O(オ) O(オ) O(オ)
  UFO(ユーフォ)
 なみだのかわりに、あせがながれていました。太くんのこえにつられて、みんなも力一ぱいうたいます。
 おかあさんが目をとじました。たましいの火がゆらゆらと立ち上り、のれんをかきわけます。おみせのドアがあき、おかあさんのたましいは空へ上りはじめました。
 UFO小学校のうたがあとをおっていました。太くんのからだが空をとんでいます。鳥男くんも、大ちゃんも、そして、車いすからぬけたひろ子ちゃんのからだも空をとんでいました。三十人の子どもたちにまもられながら、おかあさんのたましいは、天ごくにむかっていくのです。
 金いろのくもがちかづいていました。おわかれの手をふるように、たましいがゆれます。
 たましいをおいこして、太くんは天ごくに入ろうとしていました。入ってしまえば、もうもどることはできない天ごくなのです。でも、おかあさんとは、わかれたくありません。一しょに、どこまでも、ついていきたい太くんなのでした。
 おかあさんのたましいが太くんにとびかかりました。太くんの左のほほに、ビンタのようにたましいがぶつかります。右のほほにも、たましいのビンタはとびました。
 太くんのからだがかたむき、もがく手足が空をひっかきました。あたまを下にむけてしまった太くんのからだは、まっさかさまにおちようとしています。ひめいを上げるように、おかあさんのたましいは、太くんのまわりをはげしくとびまわりました。
「ピラミッド!」と、鳥男くんがさけびました。
 三十九人の子どもたちのからだが、太くんの下にサッとあつまります。せ中を上に見せて八人の子どもたちがならぶと、その上に七人の子どもがのりました。七人のせ中に五人がのり、四人、三人、二人とのります。
 上の二人は、ひろ子ちゃんと大ちゃんでした。二人は、はをくいしばって、太くんをうけとめます。二人のせ中にしがみつく太くんをのせたまま、ピラミッドは、おかあさんのたましいのまわりをゆっくりとまわりました。
 ピラミッドの一ばん下から、鳥男くんがさけびました。
「太くん、立ち上がるんだ! むねをはって立ち上がり、おかあさんを見おくるんだ!」
 たいいくのにが手な太くんのまんまるいからだが、おそるおそるうごきはじめました。ふるえながら、ひざがのびます。ふるえながら、うでをひらきます。いつのまにかふるえをとめ、太くんのからだは立ち上がっていました。
 ピラミッドのでき上がりです。おかあさんのたましいがあかるくひかりました。ひかりながら、たましいは、金いろのくもの中にすいこまれていきます。
 鳥男くんが口ぶえをふきました。ピラミッドがほぐれます。こらえていたなみだが、みんなの目から一せいにあふれ出しました。
♪ U U U U
  F F F F
  O O O O
  UFO
 太くんのうたごえが、金いろのくもをふるわせます。みんなは、太くんをまもるようにとりまきました。三十人の子どもたちは、くもの下の、くらしのばしょにかえっていくのです。
 ビルのむらがりが見えてきました。『頭(かしら)』のかんばんが見え、かんばんの下のショーウィンドウも見えてきました。ドアがひらき、のれんがゆれ、三十人の子どもたちはベッドのまわりにもどっていました。
 たましいのぬけたおかあさんのかおに、おとうさんは、おけしょうをしていました。おしろいをぬり、まゆをかき、アイシャドウと口べにをぬり、ほほにもべにをちらしました。
 おとうさんはうでをくみ、おかあさんのかおを見つめます。
「ウーン、生きているおかあさんには、かなわない」
 つぶやいたおとうさんは、ベッドのそばに立ちつくしていました。太くんがしんぱいそうに、おとうさんのかおを見上げています。
 ベッドにちかづき、鳥男くんが手をあわせておがみました。あとずさりをすると、のれんのそとにむかいます。みんなも鳥男くんをまねておいのりをすると、そとに出ました。
 それぞれのうちにかえった子どもたちは、その日のよる、ひどくうなされました。ひたいのあせをふいてくれるおかあさんのにおいをかぎながら、ひろ子ちゃんは、おかあさんをこまらせることばをなんどもいいました。
「オッパーイー、チョーダーイー! オッパーイー、チョーダーイー!」
 あまりのしつこさに、おかあさんは、まけてしまいました。
「さわるだけよ。すっちゃ、だめ。さわるだけよ」
 そういって出してくれたおかあさんのオッパイをいじりながら、ひろ子ちゃんは、ようやくねむったのです。
 
 一しゅうかんがすぎ、太くんが学校に出てきました。学げいかいまで、あと三しゅうかんしかありません。ほかのくみは、もうれんしゅうがはじまっているというのに、やくをきめる六くみのそうだんは、ようやく、みんなのかおをそろえてはじめることができました。
「しゅやくは、ぜったい太くんだとおもって、ぼくたち、太くんが出てくるのをまってたんだよ。ねえ、太くん、やってくれない?」
 鳥男くんがいうと、太くんは、くびをよこにふりました。
「ぼく、ピラミッドで、もうしゅやくをもらっちゃったよ。あのあと、たましいがぬけたみたいで、なにもやる気ないんだ」
「ヒーローコーモー、ターマーシーイー、ヌーケーターヨー」
 ひろ子ちゃんが口をはさむと、みんなの中から、つぎつぎことばが出てきます。
「ぼくも、たましいがぬけたみたい」
「わたしも、たましいがぬけたみたい」
「学げいかいに出るのはやめようよ」
「そんなこといって、いつまでも、たましいがぬけたままだったらどうするの? ここで」がんばって、たましいをとりもどさなきゃならないんじゃない?
 みんなのことばをさえぎるいけんも出てきます。
「がんばりすぎは、どくだよ。学げいかいは見るやくにまわって、うんとたのしみ、手をたたこうよ『なにをやってるんだろう? おもしろそうだなァ』って、ぬけたたましいも、きっともどってくるとおもうな」と、鳥男くんがいいました。
「サーンーセーイー!」と、ひろ子ちゃんがいいます。
「さんせい!」
「さんせい!」
「さんせい!」
 六くみのそうだんは、こうしておわりました。
 
『しごと中』のふだが、その日もかかっていました。おとうさんのつくるげきは、まだでき上がっていないのです。
 ドアをあけてのぞいてみると、いつものように、クシャクシャにまるめたげんこうようしが、いすの下にちらばっていました。いつもとちがって、まじめにつくえぬむかっているのは、げきのはっぴょうが、もうすぐそばにちかづいているからなのです。
 おとうさんの手が、つかれたこめかみをもんでいます。
「オートーサーンー、ゲーキーヲーツークールーノー、ヤーメーナー。ツーカーレーテー、シーヌーヨー」
「やめるわけに、いかないんだよ」
「ヒーローコーターチー、ガークーゲーイーカイーイーノーゲーキー、ヤーメーターヨー。フートーシークーンーノー、オーカーサーンーシーンーデー、ミーンーナー、ツーカーレーターカーラー、ゲーキー、ヤーメーターヨー」
「へー、UFO小学校には、そういうじゆうがあるんだ」
 おとうさんは、そういって、ひろ子ちゃんのおでこにチューをしました。
 
(了)

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