UFO小学校5

UFO小学校のキャンプ
向井 豊昭


   UFO小学校のキャンプ

むかい とよあき

東京都豊島区池袋*―**―**  
向 井 豊 昭 58歳
電話(****)**** 無職

 うんてんしつは、クーラーがきいていました。リベーロは、口ぶえをふいています。アーモは、はなうたをうたっています。いつもは二人のうちゅう人だけなのですが、きょうは、そのあいだに大ちゃんのママがいました。
 ママは口ぶえどころではありません。はなうたどころではありません。ひたいにはあせがにじみ、目ばたきもできないのです。ズラリとならぶテレビにくびをつき出して、ママは口ばしっていました。
「右、右! あっ、いきすぎ! 左にもどして! ちょっとだけ! そう、そう! そのまま、まっすぐ!」
 テレビには、けしきがうつっています。空をとぶUFO小学校の下にひろがるけしきなのです。ママは、みちあんないのために、うんてんしつにのせられました。
 みどりがすぎ、みどりがおなじようにあらわれます。いくらふるさとのけしきでも、空から見るのは、はじめてのママでした。ママは、目をさらのようにして、あんないをしなければなりませんでした。
 みどりの中に、赤いやねが見えてきます。ペンキでかいた白い文字がやねの上にならんでいました。『スーパー牧場』というよこがきの文字です。
「スーパーぼくじょう、ま上にとうちゃく!右! 右! 右!」
 ママのこえにつれて、赤いやねは、テレビのがめんの左にきえていきました。かわって、みどりがまたあらわれます。
 うまがなんとうもはしっていました。はしる足に草がふれ、小きざみにゆれています。
「右! 右! 右!」
 うまが見えなくなりました。草の中に人がいます。空を見上げて手をふっているのは、ママのおとうさん、おかあさん、そして、おとうとの三人でした。UFO小学校が下りるばしょをおしえてくれているのです。
「ちゃくりくちてん、ま上!」
 ママのこえといっしょに、UFO小学校は、ま下にむかって下りはじめました。
 はたのようになびいた草がちかづきます。口ぶえも、はなうたもなく、リベーロとアーモの目はひかっていました。
 土にのった校しゃのゆれがつたわります。ゆれはすぐにとまり、リベーロとアーモは、うんてんせきのベルトをはずしました。
「つきましたよ」
 ママのとなりで、アーモがこえをかけました。ママは、いきをはくだけです。アーモは手をのべて、ママのベルトをはずしてくれました。
 校しゃのとびらがあき、タラップが下ります。一ばん先にかけ下りていったのは大ちゃんでした。
「おばあちゃーん!」
 草の上を大ちゃんがかけ出します。チラリと大ちゃんを見ただけで、おばあちゃんの目ははずれました。おじいちゃんの目も、おじさんの目も、はじめて見るUFOのすがたにひきつけられていたのです。
 おばあちゃんがあい手をしてくれないので、大ちゃんは、おじさんのせ中にとびつきました。おじさんはうしろに手をまわして、大ちゃんをおんぶしてくれました。
「大、あまえるのはやめなさい。きょうは、おまえだけがおきゃくさんじゃないんだ」と、おじいちゃんがいいました。
 おじさんはペロリとしたを出して、大ちゃんを下ろすためにしゃがみました。
 うた子さんが子どもたちのまえに出てきます。
「わたしたちは、小子ちゃんのおとうさん、おかあさん、そして、おとうとさんのおまねきで、みどり一ぱいのホッカイドウをほうもんすることができました! 二ばん、ここですごすことになりますが、みんなそろって、はじめのあいさつをしましょう! こんにちわ!」
「こんにちわ!」と、みんなの大きなこえが草の上をはしっていきました。

 きえのこったキャンプファイヤーが、ほそいけむりを上げていました。子どもたちは、校しゃの中でねむっています。ひつじのやきにくをはら一ぱいたべ、みんなのおなかはふくらんでいました。
 うんてんしつに、人が一人入ってきます。大ちゃんのママでした。
「ねむってるの?」と、ママは小さなこえでいいます。
 二だんベッドの上下でうごいたのは、リベーロとアーモでした。
「ねむってないわよ」と、下からきこえるのはアーモのこえです。
「ぼくもおきてるよ」と、リベーロは上からくびをつき出しました。
「ねえ、ちょっと、そうだんしたいことがあるの。わたしたちのうちに、いっしょにいってくれない?」
「ここじゃ、だめなの?」
「おじいちゃんなんかと、いっしょにそうだんしたいのよ」
「いったい、なんのそうだんなんですか?」
「あした、きもだめしをやることになっているんだけど、わたし、やりかたをまかせられているのよ。でも、わたし一人じゃ、こころぼそいから、たすけてもらいたいの」
「こりゃあ、おもしろそうだ!」
 上のベッドから、リベーロがとび下りてきました。
「わたし、そういうの大すき!」
 アーモは手をたたきながら、下のベッドからとび出してきました。
 足音をしのばせて、そとへいきます。ほしのひかりが一ぱいでした。リベーロとアーモはスタスタと足をはこばせ、先をいきます。
「ちょっと、あんたたち、まってよ! いくらほしあかりだからって、はやすぎるわよ! ここは、はじめてのあんたたちなのよ! わたしよりはやいなんて、どういうわけよ!」
 大ちゃんのママがこえをはり上げます。
「うちゅう人の目は、どんなくらがりでもへい気なのよ」と、アーモがふりかえっていいました。
「うまとおなじね」と、ママはいいます。子どものころから、うまをかわいがってくらしてきたママのことばは、ほめことばの一つなのです。
 うま小やのながいかげが目のまえによこたわっていました。もの音一つ、きこえません。わらの上にからだをよこたえ、うまたちは、もうねむっていました。ねむらない大人たちは、これから、わるいそうだんをはじめるのです。
 うま小やのむこうに、あかりが見えました。大ちゃんのおじいちゃんのうちです。おじいちゃんとおじさんは、ビールをのんでまっていました。
「さあ、どうぞ、どうぞ。まず、ビールをグーッとのみましょう」
 おばあちゃんが出したコップに、おじいちゃんはびんの口をちかづけました。
「せっかくですが、わたしたちうちゅう人はアルコールをのまないんです」
 リベーロがコップを手でふさいでいいました。
「うまとおなじよ。くらがりだって、へっちゃらなのよ」と、ママが口をはさみました。「うちゅう人は、うまとおなじですか。ハハハハハ」と、おじいちゃんはわらいました。
 ばかにしたのではありません。ママとおなじように、うまの大すきなおじいちゃんなのです。
 大すきなばかりではありません。そだてかたもじょうずなのです。このぼくじょうで生まれ、ここでそだてられたスーパーホワイトは、二ヶ月まえのレースで二十れんしょうもしてしまいました。いまは、けいばじょうのちかくのトレーニングセンターにうつってしまったスーパーホワイトですが、おかあさんのスーパーブランカは、げん気でここにいます。
「ねえさん、ここのくらがりは、うちゅう人や、うまにはへっちゃらでもさ、ふつうの人げんには、大人でもおっかなくて、一人じゃ、とてもあるけないくらいだよ。じゅんびなんか、いらないとおもうな。あるかせるだけで、きもだめしになるよ」
 ビールのあわのついた口をうごかして、おじさんがいいました。
「あしたは、くもりで、ほしが見えなくなりますよ」と、リベーロがじしんのあるこえでいいました。
「エーッ、それじゃあ、ねえさん、ますますじゅんびなんかいらないよ」
「だからじゅんびがいるのよ」と、ママがいいました。
「どうして?」
「百八十人の子どもたちを、かためて出ぱつさせるわけにはいかないわよね?」と、ママは、みんなを見まわしていいました。
「おうだんほどう、みんなでわたればこわくない」と、おじいちゃんがわらいながらいいました。
「だからね、じかんをずらして、一人ずつ出ぱつさせたいの。でもよ、だれかが、と中で、おっかなくなってとまったとしたら、あとからきた子といっしょになっちゃうじゃない。十人、二十人とかたまってしまったら、もう、ちっともおっかなくないわ。これじゃあ、きもだめしになんないのよ。ほかにも、かんがえることは一ぱいあるわ。わたし、みんなのちえをあつめて、あしたのきもだめしをせいこうさせたいの」
「ウーン」
 おじいちゃんと、おばあちゃんと、おじさんは、くびをひねってかんがえこみました。
 リベーロとアーモは、かおを見あわせて、ほほえみます。
「いいかんがえがあるんだけど」と、二人はこえをあわせていいました。

 よそうどおりのまっくらなよるがきました。きもだめしのスタートは、おかの下です。UFOがとまるおかの上から、子どもたちは、さかみちを下ってきました。さかみちのところどころには、あかりをつけたでんちゅうが立っていますが、きもだめしのコースには、でんちゅうなど立っていません。
 大ちゃんのママが、かい中でんとうで、うでどけいをてらします。はりを見ながら、一人ずつ、じかんをずらしておくり出すのです。
「ハイ、つぎの人、スタート」
 大ちゃんのばんでした。いきなり林がそびえています。林のむこうに田んぼがあり、田んぼをよこぎると、もう一つのさかがあります。そのさかを上りきったところに、目ざすおはかがあるのです。
 くろい林のかげをとおりぬけると、水のひかりがゆらめいていました。ひかりの中に、いねのかげが立っています。
 はじけるように、かげの中からとび上がるものがありました。とび上がった小さなかげは、大ちゃんの手の先にぶつかります。
「ワーッ!」と、ひめいを上げて、大ちゃんもとび上がりました。
 ぶつかったゆびの先に、ブヨブヨとした、つめたいかんじがのこっています。ゆびをはなにちかづけると、生ぐさいにおいがはなのあなをつつきました。
「気もちわるい!」
 大ちゃんは、ゆびをズボンにこすりつけます。
「キーモーチーワールーイー!」
 ひろ子ちゃんのこえが、こだまのように、やみの中からつたわってきました。大ちゃんがスタートしたのは、三十びょうあとのことなのです。
 大ちゃんの目には見えませんが、車いすをあやつるひろ子ちゃんの手はワナワナとふるえていました。右の手にピョンと上がって、ひろ子ちゃんをながめる二つの目があるのです。
「クワックワックワックワックワックワッ」
 田んぼの中からは、あやしいこえがひびいてきます。かえるのこえをきくのも、かえるのすがたを見るのも、子どもたちにとっては、はじめてのことでした。
 大ちゃんは、ちがいます。そだったのは、おなじホッカイドウのサッポロという大きなまちでしたが、はるも、なつも、あきも、ふゆも、おじいちゃんのところにあそびにきていました。かえるがおばけでないことぐらいは、しっています。
 おかの上のUFO小学校のうんてんしつでは、リベーロとアーモが目を大きくひらいていました。目のまえにならぶ、たくさんのテレビには、きもだめしの子どもたちがうつっています。
「あっ、大ちゃんがはしりはじめたわ」と、アーモがいいました。
「ひろ子ちゃんをたすけにいくんだな」と、リベーロがほほえみながらいいます。
「たすけさせていいのかしら?」
 テレビの中のひろ子ちゃんは、とび上がってくるかえるをはらいながら、車いすを一生けんめいあやつっています。おばけのほうがにげ出しそうなおっかないかおでした。
「ここでたすけちゃあ、きもだめしになんないよな」と、リベーロはいいました。
「そうよね」
 アーモがこたえると、リベーロの手がうごきました。
 スイッチがおされます。ドームのてっぺんから、ぎんいろのひかりがとび出しました。ひかりは、まっすぐに、おかの下へはしっていくと、大ちゃんの目のまえに、かべのように立ちはだかりました。
 大ちゃんは、手でかおをおおいました。目をつぶり、それでも足をまえに出しました。ぎんいろのひかりがつま先をはじきかえし、大ちゃんは、まえにすすむことができません。みんなにいったママのことばが大ちゃんの耳でひびいていました。
――はしったり、とまったりして、まえの人や、うしろの人といっしょになろうなんてかんがえちゃだめですよ。そのときはね、ギンギンおばけが出てきて、とおせんぼをします。「ギンギンおばけさん! もうはしりません! かんべんしてください!」
 大ちゃんがさけびました。リベーロとアーモは、かおを見あわせてほほえみます。
 リベーロのゆびがスイッチをきりました。大ちゃんのまえから、ぎんいろのひかりがきえます。
 おそるおそる大ちゃんは足をふみ出しました。つま先をはじきかえすものはありません。それでもおそれは、なくならず、大ちゃんはずり足でうごきます。そんなあるきかたをしていては、あとからくる子においつかれてしまうでしょう。
 リベーロとアーモは、かおをまた見あわせました。目くばせをすると、リベーロのゆびがうごきます。スイッチがおされ、ドームのてっぺんから、ぎんいろのひかりがまたとび出しました。
 こんどは、大ちゃんのからだのうしろにまわります。うしろにまわって、大ちゃんのからだを、あるけ、あるけと、おすのです。
 つんのめった大ちゃんは、大きなこえでさけびました。
「ギンギンおばけさん! ちゃんとあるきます! かんべんしてください!」
 リベーロのゆびがスイッチをきり、大ちゃんのうしろから、ぎんいろのひかりがきえます。口をむすんで、大ちゃんはあるきはじめました。
 林のかげがそびえています。こんどは青いひかりでした。かべではありません。小さなひかりのてんが林一ぱいにちらばり、人だまがいきをすうように、ついたり、きえたりしているのです。林の下の小川の草にも青いひかりはちらばり、人だまのいきをくりかえしていました。
「ヒートーダーマーダー! タースーケーテー!」
 ひろ子ちゃんのこえです。車いすのかげが人だまのひかりの中に見えました。
 はしり出したいうごきをこらえ、大ちゃんはさけびます。
「人だまじゃないヨーッ! ほたるだヨーッ!」
 こえがとどき、ひろ子ちゃんをはげましたら、きもだめしになりません。
 リベーロは、あわててスイッチをおしました。ひろ子ちゃんのまうしろに、ぎんいろのひかりがかべをつくります。大ちゃんのこえは、ガンとはじかれ、大ちゃんの耳をめがけてもどってきました。
「人だまじゃないヨーッ! ほたるだヨーッ!」
 じぶんのこえが耳の中でうずをまきます。ゆびで耳あなをほじくりながら大ちゃんはあるきました。
 ひろ子ちゃんの車いすは、なきごえといっしょに、上りのさかにさしかかっていました。
 木立の中から、白いかおがつき出てきます。白いかみをふりみだしたかおはながく、それよりながいくびでした。
 さけた口から、ながいしたが出てきました。ひろ子ちゃんのおでこをペロリとなめます。
「タースーケーテー!」
 大ちゃんの耳に、さけびごえがまたとどきました。
「ヒヒーン!」と、いななきもとどきます。
 ひろ子ちゃんのおでこをなめたのは、ホワイトブランカだったのです。
 さけびごえは、きこえなくなりました。こんどは大ちゃんが上りのさかにさしかかります。
 ホワイトブランカの白いからだが見えてきました。手づなが木にくくりつけられています。いまごろ、こんなところにくくりつけられているなんて、だれかのいたずらとしかおもえません。
「だれだろう?」
 大ちゃんがつぶやいたとき、ひろ子ちゃんのこえがまたきこえてきました。
「タ! タ! タ! タ! タ!」
 タスケテのタを、ひろ子ちゃんは、こわれたきかいのようにくりかえすだけです。
「どうする?」と、リベーロはアーモにたずねました。
 テレビにうつるひろ子ちゃんは、目を白くろさせています。おはかのまえでした。おはかのかげから、白いきものをきたゆうれいがすがたを見せています。ながいかみをかきわけて、りょう手がダラリとたれていました。
 おはかのまえには、大ふくもちが山のようにつんであります。大ふくもちを一つとって、おかの上をまっすぐいけば、ゴールになるUFO小学校の校しゃがまっているのです。大ふくもちは、おはかにきたしょうこなのに、ゆうれいにびっくりしたひろ子ちゃんは手をのばしてくれません。
 かわってのびたのは、ゆうれいの手でした。ゆうれいは大ふくもちをつかむと、ひろ子ちゃんの手にわたそうとします。
「タ! タ! タ! タ! タ!」
 さけびながら、ひろ子ちゃんは、ゆうれいの手をあたまではらいました。大ふくもちがゆうれいの手からおちます。
「大ちゃんに、なんとかしてもらいましょうよ」と、アーモがいいました。
「そうしよう。ギンギンおばけのじゃまはしないよ」と、リベーロがいいます。
「タ! タ! タ! タ! タ!」
 ひろ子ちゃんのさけびが、大ちゃんの耳を立てつづけにうっていました。ギンギンおばけがあらわれようが、キンキンおばけがあらわれようが、もうはしらずにはおられません。せ中をまるめ、大ちゃんは、てっぽう玉のようにはしり出しました。
 おはかのかげが見えてきます。ふるえつづけるひろ子ちゃんの、からだのゆれも見えてきました。かみをふりみだしたゆうれいが、ひろ子ちゃんをながめています。
 大ちゃんのしんぞうがなっていました。いきおいをつけて大ふくもちを一つつかむと、大ちゃんはさけびました。
「あっちへいけ!」
 さけびごえといっしょに、大ふくもちがなげつけられます。
 なにかをいおうとして、ゆうれいの口がひらきました。ひらいた口に大ふくもちがめい中します。のどにめりこみ、ゆうれいはあおむけにたおれました。
 ながいかみがあたまからはずれ、うすくなったあたまがはか石のかどをたたきました。ながいかみはかつらで、たおれているのは大ちゃんのおじいちゃんでした。
「大へんだァ!」と、リベーロとアーモは立ち上がりました。
 きゅうきゅう車のサイレンの音がひびき、きもだめしは、と中でおわりになりました。
 おじいちゃんは、たんこぶ一つのけがですみましたよ。

〈了〉

続き

戻る