UFO小学校4

UFO小学校のたなばた
向井 豊昭


   UFO小学校のたなばた

むかい とよあき

東京都豊島区池袋*―**―**
向 井 豊 昭 58歳
電話(****)**** 無職

 あしたは、天の川に出ぱつする日です。しんぞうがドキドキして、大ちゃんは、なかなかねむることができません。子どもべやのベッドの上でからだをおこし、まくらもとのかべにかかったカレンダーをながめてみました。さっきからかぞえて、もう五ど目です。
 日めくりのカレンダーのおもてには、『30』という、きょうの日がいんさつされています。すみがめくれ上がり、ゆびのあとでよごれていました。
 おなじゆびをまたやって、きょうの一まいをもち上げます。あしたは、やっぱり『1』でした。7月1日の1です。7月7日にまたあうため、1日に出ぱつし、14日にかえってくるUFO小学校のたなばたなのです。
 パパとママのはなしごえがしました。いつもは、たかいママのこえが、パパとおなじで、よくきこえません。大ちゃんは、ベッドの上のからだをふすまにちかづけました。
 すきまからのぞいてみると、パパのかおが見えました。まゆげのあいだに、しわがよっています。
「わたしがいっしょにいかなかったら、大ちゃんのオネショはどうなるの?」
 ママのからだは、ふすまにかくれてしましたが、ひくいこえの中みは、大ちゃんの目を大きくさせるものでした。
「だから、二人とも、天の川にいかなければいいんだ」
「それじゃあ、大ちゃんがかわいそうよ」
「ぼくは、かわいそうじゃないのかい? 二しゅうかんも、ひとりぼっちにされるんだよ
「パパったら、子どもみたいなこというのね。なによ、二しゅうかんぐらい。ひこぼしと、おりひめは、一年かんで、たった一ばんしかあえないのよ」
「それは、ひこぼしと、おりひめが、はたらかないで、いちゃついてばかりいたからじゃないか。ばつをうけたってしかたないよ。だけど、ぼくは、まじめに、きちんと、かいしゃにいってるんだよ。どうして、ばつをうけなきゃならないんだ?」
「ばつだなんて、大げさねえ、大ちゃんのために、がまんしてよ。ネ?」
 パパのへんじはありません。ママのこえがまたしました。
「わたし、お先にねるわよ。あしたのあさ、早いんだから」
 ママの足音がきえていきます。れいぞうこをあける音がしました。グラスの音がします。一人のこったパパのようすを気にしながら、大ちゃんはタオルをかぶって、からだをちぢめていました。ちぢめながら、いつのまにか、ねむりの中に入っていきます。
 ヘッドライトのながれのへったまちの上に、ひかりが一つあらわれました。白くかがやくUFOです。まるで、はっぱがおちるように、ウィンチェスターのグラウンドにむかってちかづいてくるのです。
 えんばんのかたちをしたUFOでした。ドームのかたちをした小学校にくらべるなら、とても小さいUFOです。
 ぎんいろの足を三本つき出して、えんばんはグラウンドにとまりました。ドアがあき、タラップが下りてきます。ぎんいろのふくのうちゅう人が四人あらわれました。
 下りてくるのは二人です。二人の足がグラウンドをふむと、のこった二人はボタンをおし、タラップをひき上げました。
 ドアがしまり、えんばんは、はじけるように、まっすぐ空へ上っていきます。オレンジいろのひかりにくるまれながら、えんばんは見えなくなりました。
 グラウンドのうちゅう人が、校しゃにちかづきます。さんかん日にあつまったおとうさん、おかあさんたちと、かわらないせたけでした。あごがやたらにながいところが、ちがうといえば、ちがうのでしょう。
 リモコンスイッチを校しゃにむかってつき出します。男の手でした。
 正めんのドアがあき、タラップが下りてきます。もう一人の手が手すりにかかりました。女の手です。
 女のうちゅう人のあとを、男のうちゅう人が上っていきます。二人は、うんてんしつに入りました。きかいのちょうしをしらべ、出ぱつのじゅんびをするのです。
「パパは?」
 くつをはきながら、大ちゃんはママにたずねました。
「まだ、ねむってるわよ」と、ママはドアに手をかけながらこたえました。
「パパにあいさつしていこう」
 くつから足をぬいて、大ちゃんは、おくへもどりました。
 ダブルベッドにちかづきます。ねがえりをうって、パパのかおがとおくなりました。
 かおのそばに、大ちゃんはからだをまわします。パパの耳に口をちかづけました。
「パパ、いってきます」
 パパの目は、とじたままです。口は、へんじをしてくれません。
「やっぱり、ねむってるのかァ」と、大ちゃんは口をとがらせました。
「ウフッ」と、パパのくちびるがゆれます。パパのかおにわらいがひろがり、パパは目をあけました。
「パパ、ずるい! ねむってふりして!」と、大ちゃんは、パパのかたをゆさぶります。
「大ちゃん、いくわよ!」と、ママのこえがしました。
 大ちゃんは、パパの手をひっぱります。パパのからだが、ベッドの上におきました。ゆかにのびたパパの足が、大ちゃんとならんであるき出します。
「パパったら、ねむったふりしてたんだよ!」と、大ちゃんは、ママにむかっていいました。
「いってらっしゃい」と、パパがいいます。
「いってきます!」と、ママのこえは、はずんでいました。
 青いちきゅうが目の下にうかんでいました。
「パパ、お休みなさい」と、ママは小さなこえでいいました。うちゅうにとび立って、はじめてのよるです。
 まどからはなれ、ママは、大ちゃんのいる六くみのきょうしつをのぞきました。あけはなしの出入口から、みんなのねいきがきこえています。
 入ろうとしたとき、ママのかたをうしろからたたく人がいました。
「びっくりしたわ、アーモじゃない」と、ふりかえったママがいいました。
 女のうちゅう人です。もう一人の男のうちゅう人、リベーロといっしょに、ばんごはんをたべながらおしゃべりしたのは、四、五じかんまえのことでした。
「出しゃばっちゃだめだよ」と、アーモは、ママの耳もとでいいました。
「だって、大ちゃんにオシッコさせないと…」
「小さな学年は、五、六年生のとうばんが、めんどうをみることになってるんでしょう?」
「おやがいるのに、しらんふりできないわ」
「しらんふりしてたほうがいいのよ。そのほうが、オネショがなおるかもしれないわ」
 ゆかにしいたふとんの上から、ムクッと立ったかげがあります。こたえるように、もう一つのかげが立ち、はじめのかげにちかづきました。
「どうしたの?」と、あとのかげがたずねます。とうばんの鳥男くんでした。鳥男くんは、ねむっていなかったのです。
「オシッコ」とこたえたのは、大ちゃんのこえでした。一人でオシッコにおきたのは、生まれてはじめてのことでした。
「いっしょにいこう」と、鳥男くんがいいます。
「一人でいけるよ」
 左右にゆれた大ちゃんのからだが出入口にむかいました。すこしはなれて鳥男くんがついてきます。
 アーモがママの手をひっぱりました。ママのからだを、となりの一くみにおしこむと、アーモのすがたはきえていました。
 きょうしつからかおを出して、ママはろう下を見ました。大ちゃんも、鳥男くんも、もう見えません。水のながれる音がきこえてきました。
「ママ」
 せ中でこえがします。きょうしつのおくにママは入っていきました。ママのきょうしつの一くみです。
「ママ」
 こえが、またきこえました。ママの足下に、うた子さんのねがおがあります。ねがおは、ニッコリとわらっていました。
「かわいい」といって、ママはしゃがみました。うた子さんのねがおに見とれます。
 足音がしました。流ちゃんが目をこすりながら、きょうしつに入ってきます。あとからついてきたのは、一くみのオシッコとうばん、五年生のほし子さんでした。
 オシッコからもどってきた流ちゃんは、タオルをひっぱって、からだにかけます。
「小子ちゃん、なにしてるの?」と、ほし子さんは、ママによってきました。
「ごらんなさい、うた子さんのねがお、かわいいのよ。ママ、ママってよぶから、わたしのことかとおもったけど、うた子さんのママをよんでたのよね。ニッコリわらって、かわいいわ」
「わらってなんか、いないわ」と、ほし子さんがいいました。
「わらってるよ」
「わらってません」と、ほし子さんはいいはります。
 うた子さんのかおの上に、大ちゃんのママは、きんがんの目をちかづけました。
 うた子さんのとじた目から、にじみ出てくるものがあります。ながれていくのはなみだでした。
「ないてるわ」と、ママは目をまるくしていいました。
「わたし、小子ちゃんがきらいよ」と、ほし子さんは、目をつり上げていいました。
「どうして? どうして、わたしがきらいなのヨーッ」
「きらいったら、きらいなの」
「そんなこと、いわないでヨーッ」
「うるさいわねえ! 小子ちゃんなんか大きらいヨーッ!」
 ママの耳もとに口をちかづけ、ほし子さんは、おもいきり大きなこえを出しました。
「ワーッ!」と、ママは耳をおさえて、はね上がりました。
 ねむっているからだが、ムクムクとおき上がります。あちらこちらで、なきごえがおこりました。一年生や二年生たちです。
 でんきがつき、きょうしつをくぎっているカーテンがひらかれました。一くみめがけて、ガヤガヤと人があつまってきます。みんなにとりまかれ、大きなこえでないているのはほし子さんでした。
「ほし子さん、かわいそう!」
 女の子たちは、ほし子さんをかこんでシクシクなきはじめました。
 なにがなんだかわからない大ちゃんのママです。うた子さんもわかりません。
「みんな、しずかにしなさい!」と、リベーロのこえがしました。
「ほし子さん、どうしたの?」と、アーモがほし子さんのかたに手をかけました。
「小子ちゃんがね……うた子さんのねがおが……かわいいって……ねごといって……わらってるから……かわいいって……」
 しゃくり上げながら、ほし子さんがこたえました。
「どうして、それで、ほし子さんがなかなきゃならないの?」
「うた子さんはね……わらってるようだったけど……本とうは……ないてたんです……小子ちゃんはね……うた子さんのこと……なにもしらないのに……わらってるとか……かわいいとか……」
「わたし、ママのゆめをみてたんです。パパと、五年まえに、りこんしたママなんです。ほし子さんは、わたしのうちのとなりだから、りこんのこともしっていて、いつも、わたしに、しんせつにしてくれるんです」
 ほし子さんのかたをだきながら、うた子さんがいいました。
「そう……そうだったの……ごめんなさいね……わたし、なんにもしらなかったもんだから」と、大ちゃんのママは、目になみだをためていいました。
「なくことないわよ。わたしたち、うちゅう人なんか、いくらりこんしたって、へっちゃらよ」と、アーモがわらっていいました。
「ぼくは、五かいりこんしてから、アーモとけっこんしたんだからね」と、リベーロがいいます。
「わたしは、八かいりこんしてから、リベーロとけっこんしたのよ」と、アーモがいいました。
「まあ、おそろしい。それで、子どもはどうしたの?」と、大ちゃんのママは、びっくりしてたずねました。
「うちゅう人には、『子ども』っていうことばがないんです。『おとうさん』っていうことばも、『おかあさん』っていうことばもないんです」と、リベーロがこたえます。
「エーッ!? それじゃあ、だれが、だれの子どもで、だれが、だれのおとうさんなのか、だれのおかあさんなのか、わからないじゃない!」
「そうですよ。わかりませんよ。生まれた、すぐにほいくえんにあずけられ、そこでくらすんです」
「まあ、おそろしい!」
「おそろしくなんか、ありません・うちゅう人は、みんな、ともだちどうしなんです。小さないのち、よわいいのちはみんなでまもり、けんかなんか、だれもしません」
「よくわからないけど、けんかなんかだれもしませんというところは、わたしたち、まけたわね」
 大ちゃんのママと、ほし子さんのかおを見くらべながら、うた子さんがいいました。
「けんかなんかしてないわよ。ほし子さんがおこっただけよ」と、ママがいいかえしました。
「小子ちゃんがわるいから、おこったのよ」と、ほし子さんが口をとがらせました。
「それ、それ、それが、うちゅう人にまけるところなのよ」と、アーモがわらいながらいいました。
「しまったァ!」と、ママがあたまをかきます。
「ごめんなさい」と、ほし子さんがあたまを下げます。
「めでたし、めでたし」と、うた子さんがおどけたこえでいったので、みんなはドッとわらいました。
 車いすのかげにちぢこまっていたからだを大ちゃんはのばしました。ベッドのように車いすをかえて、ひろ子ちゃんのからだがよこたわっています。
 目と目があいました。
「メーデーターシー、メーデーターシー」と、ひろ子ちゃんも、おどけたこえで大ちゃんにいいました。  
 天の川が、すぐ目の先にかがやいています。手をのばせば、ぬれるほどのちかさにとどいた校しゃです。七月七日のよるを、とうとうみんなはむかえました。
 はばたきの音がしました。なん千ぱというカササギのむれがとんでくるのです。
 白いかたがうごき、くろいはねの先と先がつながりました。カササギは、じぶんのはねで、天の川のひがしからにしへ、はしをかけたのです。ひがしのきしべのおりひめを、にしのきしべへわたらせるためでした。にしのきしべには、ひこぼしがまっているのです。
「ぼくたちも、とんでいくよ!」と、鳥男くんがいいました。
「UFO小学校のうた、ようい、はじめ!」と、うた子さんが、かけごえをかけました。
♪ U(ユ) U(ユ) U(ユ) U(ユ)
  F(フ) F(フ) F(フ) F(フ)
  O(オ) O(オ) O(オ) O(オ)
  UFO(ユーフォ)
 うたごえといっしょに、校しゃのとびらがひらきます。ささだけをもった子どもたちがうたにのってとび出します。
 一本、二本、三本……
 ぜんぶで四本のささだけでした。
 いとでむすんだたんざくが、なみのようにゆれます。ささだけをかこんでとぶ子どもたちも、うたといっしょにゆれていました。
 カササギのはしのりょうはじに二本ずつ、ささだけは、らんかんになって立ちました。いよいよ、おりひめがわたるのです。
♪ ささのは サラサラ
  のきばに ゆれる
  おほしさま キラキラ
  きんぎん すなご
 おりひめをむかえるみんなのうたが、はしの上でひびきました。
 鳥男くんとうた子さんが手をにぎっています。
 グイと、ほし子さんが、二人のあいだに入ってきました。うた子さんの手をにぎって、ほし子さんはうたいます。
 鳥男くんが、ほし子さんの手をしかたなくとろうとすると、ほし子さんは、パチッと鳥男くんの手をたたきました。
「ウフッ」とわらって、大ちゃんのママは、鳥男くんの手をにぎってあげました。本とうは、パパの手をにぎってあげたいけど、パパは、とおいちきゅうです。
 パパのことをおもいながら、ママはもう一つの手で、大ちゃんの手をにぎっていました。
 大ちゃんがおもっていたのは、じぶんのことです。オシッコをたれなくなったじぶんのからだが、なんだか大きくなったような気がするのです。
 むねをはって、大ちゃんは、たなばたのうたをうたっていました。ひろ子ちゃんが、ふじゆうな手を車いすからのべているのに、大ちゃんは気がつきません。
 校しゃにのこったリベーロとアーモも、まどべに立って手をつないでいました。うちゅう人と、ちきゅう人のちがいはあっても、すきな人と手をつなぎたくなるのはおなじです。
 ほしもおなじでした。おりひめと、ひこぼしも、もうすぐ手をつなぐでしょう。
 
〈了〉

続き

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