UFO小学校12

UFO小学校のそつぎょうしき
向井 豊昭


   UFO小学校のそつぎょうしき

むかい とよあき

豊島区東池袋*―**―**
 向井豊昭 59歳 使送員
 TEL ****・****

 子どもたちのすがたにまじって、おじいさんと、おばあさんがあるいていました。まがった二つのこしをつえがささえています。二人とも、もんつきばおりをつけ、おじいさんは、はかまをはいていました。
 ふだんぎの子どもたちが、おじいさんと、おばあさんをおいこしていきます。子どもたちのあとをおって、二人がみちをまがったとき、かどのこうばんから、こえがしました。
「おじいさん、おばあさん、どこへいくんですか?」
「UFO小学校」と、おじいさんが、みじかいことばでへんじをしました。
「UFO小学校のそつぎょうしきには、大人がいかれないことになっているんですよ」と、おまわりさんがちゅういします。
「そんなことはしっている」と、おじいさんは、つえをにぎりしめていいました。
「おじいさん、やっぱり、あきらめて、うちにかえりましょうよ」
 おばあさんは、おじいさんのそでをひっぱっていいましたが、おじいさんはうごきません。
「六年まえの入学しきにも、わしら二人は、ここでとめられた。あのときはあきらめたが、そうなんどもあきらめるわけにはいかんのだ。おまわりさん、きょうは、まごの鳥男(とりお)のそつぎょうしきでな、鳥男は、こうつうじこで、おや二人を早くうしなってしまい、この年より二人で一生けんめいそだててきたんだ。きょうは、天ごくにいる二人のおやのためにも、そつぎょうしきに出たいとおもう。たのむ、とおしてくれ」
「気もちはわかりますけどね、きまりというものがありますから、とおすわけにはいかないんですよ。むりにとおろうとするなら、手じょうをかけなければなりません」
 いいあいをしているところにとおりかかったのは、大ちゃんのママです。大ちゃんは、そつぎょうしきのじゅんびのために、もう学校へ出かけていました。
「あら、鳥男くんのおじいちゃんと、おばあちゃん!」
「やあ、けいばのおばさん!」と、おじいさんは、かた手を上げてこたえました。六月のさんかん日に、けいばゴッコで大さわぎになったのは、大ちゃんのママがいたからです。
「いつも鳥男がおせわになっております」と、おばあさんは、まがったこしをもっとまげてあいさつをしました。
「おせわになっているのは、こちらのほうですわ」
 大ちゃんのママがあいさつをかえすと、おじいさんは、ママをゆびさしていいました。
「おまわりさん、けいばのおばさんは、大人なのに、UFO小学校に入学してしまった。それなのに、おなじ大人のわしら二人が、たった一日のそつぎょうしきに出られないなんて、どうかんがえてもおかしいとおもう」
「おじいちゃんも、おばあちゃんも、入学なさったら?」と、ママが口をはさみました。
「この年で、いまさら小学校になんか入学できませんよ」と、おばあさんが手をよこにふります。
「UFO小学校は、入学したかったら、だれでも入れるのよ。一日だっていいの。きょう入学して、きょうそつぎょうしたっていいのよ。わたしと一しょに、いきましょう」
 ママは、二人のうしろにまわって、こしをおしました。
 つんのめった二人の足がまえに出ます。ママのからだは、おじいさん、おばあさんと一しょになって、こうばんからはなれていきました。
「これこれ!」
 よびとめるおまわりさんに、ママはふりむいていいました。
「いってきまァす!」
「入学しますよ。入学するから、こしから手をはなしてくれませんか。これじゃあ、ころんでしまいますよ」
 おじいさんのことばに、ママは手をはなしました。つえをつく二人の足にあわせて、ママはゆっくりとあるきます。
「きれいなお花!」と、おばあさんがさけびました。
 おばあさんの足がはやくなります。UFO小学校の花だんには、なの花が、こぼれるようにさいていました。おばあさんは、はいくをつくるのが大すきなので、きせつのものには、人より早く気がつきます。
 花だんのまえのおばあさんが、おじいさんをふりかえったとき、タラップをかけ下りる足音がしました。鳥男くんです。
「きたらだめだって、あれほどいったのに! すぐ、かえってよ!」
 鳥男くんは、おばあさんの手をひっぱりました。なの花からひきはなされたおばあさんのからだが、足をとめたおじいさんのまえにひっぱられます。
「おうえんだんちょうみたいに、はかまなんかつけて! やきゅうのしあいじゃないんだよ!」と、こんどは、おじいさんをおこります。
 おじいさんのうしろにいた大ちゃんのママが、まえに出てきました。
「おまわりさんにとめられたのに、わたしがつれてきたのよ。きょうのあさ、入学して、きょうのおひる、鳥男くんや、わたしと一しょにそつぎょうするの」
「けいばのおばさんも、そつぎょうですか?!」と、おじいさんがいいました。
「けいばのおばさんじゃないよ! 森山小子ちゃんだよ!」と、鳥男くんは、まだおこっています。
「森山小子ちゃん――そうですかァ。いや、しつれいしました。そうですかァ。そつぎょうですかァ。そつぎょうして、すいじ、せんたくをがんばることになるんでしょうねェ」
「べんきょうを、やっぱりがんばりたいとおもってます」とママがいうと、鳥男くんが、また口をはさみました。
「小子ちゃんはね、ただのそつぎょうとちがうんだ! 大学に入ったんだよ!」
 こえは、まだ、おこっています。
「鳥男くん、いつまでおこっているの?」と、ママがちゅういしました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」と、鳥男くんは、三かいあたまを下げました。おじいさんと、おばあさん、そして大ちゃんのママにです。
 
 たいいくかんのまどには、えのぐをつかって、たくさんのえがかいてありました。花のえ、鳥のえ、さかなのえ――さか立ちをしている女の子のえもあれば、UFOにぶら下がった男の子のえもあります。
 にぎやかなえにかこまれたたいいくかんのまん中には、まるい大きなあながあいていました。そつぎょう生をのせた、まわりぶたいがしずんでいるのです。天じょうには、いろとりどりのテープがはられ、そつぎょうしきがはじまるのをまっていました。
 まっているのは、テープだけではありません。一年生から五年生まで、百五十人の子どもたちが、まわりぶたいのあなをかこんでいました。ふえやラッパをもった音がくクラブの子どもたちが、一ばんまえにいます。
 しきをとるほし子さんのうでが上がりました。しきぼうがふり下ろされ、ファンファーレがかなでられました。
 あんまくが、まどの上をはしっていきます。くらくなったたいいくかんのまん中へ、スポットライトのひかりがふってきました。
 ぶたいがまわりながら、せり上がってきます。そつぎょう生をのせたぶたいに、みんなは目をそそぎました。
 はじめに見えたのは、白いかみのけでした。あたまは、二つしかありません。あたまの下にあるかおは、おじいさんと、おばあさんでした。
 はりつめたみんなのこころがゆるみ、わらいごえがひびきました。たすけをもとめるように、おじいさんと、おばあさんは、あたりを見まわしました。
 かいだんをかけ上る音がします。じどうかいちょうの太(ふとし)くんでした。ぶたいの下にかけよると、太くんは、あらいいきをしながらいいました。
「ハーッ、みなさん、ハーッ、そつぎょうしきのまえに、ハーッ、しん入生を二人、ハーッ、しょうかいします。ハーッ、名まえは、ハーッ、岡、ハーッ」
 そこまでいって、太くんはつまってしまいました。岡鳥男くんのおじいさん、おばあさんであることはききましたが、名まえまではきいていなかったのです。
「岡幹男(みきお)です」
「岡花子です」
 二人が名まえをいってくれたので、太くんはたすかりました。
「ハーッ、幹男くんと、ハーッ、花子さんに、ハーッ、あいさつを、ハーッ、してもらいます。ハーッ」
「ゴホン」と、おじいさんがせきばらいをしました。りょう手でつえをにぎりしめ、まがったこしをのばそうとしますが、こしはのびてくれません。でも、こえは、のびのあるものでした。
「本日は、おめでたいそつぎょうしきのために、おあつまりくださいまして、まことにありがとうございます。そつぎょう生のかぞくをだいひょうして、あつくおれいもうし上げます」
 あいさつのおかしさに気づいて、おばあさんがちかづきました。
「かぞくのだいひょうなんかじゃありませんよ。わたしたちは、ただのしん入生なんですよ」
 一生けんめいなおじいさんには、おばあさんのこえがきこえません。
「ここで、鳥男のことをもうしのべることをおゆるしください。鳥男は、赤んぼうのとき……」
 あいさつはおわらないのに、ぶたいがしずみはじめました。太くんがサインをおくったのです。
「わたしのあいさつは、まだおわっておらん! せきにんしゃはだれだ?!」
 うごきのとまったぶたいのまわりには、そつぎょう生がまっていました。
「おじいちゃんがへんなあいさつをするから、こういうことになっちゃったんだよ!」と、鳥男くんは、おこりなおします。
 大ちゃんのママが、あいだに入ります。
「へんなあいさつだなんて、いっちゃだめよ。おじいちゃんは、本とうにしゃべりたいことばをしゃべっただけじゃないの。本とうにしゃべりたいことをしゃべれなくなったら、人げんじゃなくなるわ。おじいちゃん、もう一ど、みんなと一しょに上へ上がりますけどね、そのとき、つづきをおはなしくださいね」
 そつぎょう生をのせたぶたいが、ファンファーレの音と一しょにあらわれます。大ちゃんのママは、ぶたいの上から太くんを手まねきしました。耳うちをします。うなずいた太くんは、みんなにむかっていました。
「岡幹男くんのあいさつが、手ちがいでとぎれてしまったことをおわびします。岡幹男くんと、岡花子さんは、きょう一日でUFO小学校をそつぎょうしていきますが、そつぎょうしきのさいしょに、お二人からおはなしをしていただきます。それでは、幹男くん、おねがいします」
「大じなじかんをわけていただき、ありがとうございます。鳥男のおやが、こうつうじこでなくなったのは、鳥男がまだ赤んぼうのときでした。どんなにこまったことがあっても、鳥男は、二人の手でそだてていこうと、わたしは、ばあさんとやくそくしたものです。わたしは、スポーツしんぶんしゃのしごとをやめる年になっていましたが、そのまま、はたらいつづけることになりました。うちで鳥男のめんどうを見ることになったのはばあさんですが、ばあさんは、あまり力がないんです。鳥男をだいてあるいて、おとしたら大へんだといいましてね、ざぶとんの上に鳥男をのせるんです。そうして、ざぶとんをひっぱって、まだあるけない鳥男をトイレまでつれていったそうです。オシッコさせるためじゃありませんよ。鳥男は、オシメだから、オシッコのしんぱいはありません。オシッコしたいのは、ばあさんなのに、鳥男は、ばあさんがいなくなるとなくんですよ。それで、ばあさんは、ざぶとんの上の鳥男をトレイのまえにおいて、トイレのドアをあけたまま、オシッコをしたんです」
 みんなのわらいごえがひびきました。鳥男くんはわらいません。鳥男くんのかおは、まっ赤でした。
 おこっているのではありません。そんなにまでしてそだててくれたおじいさんと、おばあさんへのかんしゃのこころが、鳥男くんのかおを赤くそめているのでした。
 目も赤くそまります。なみだがこぼれ、鳥男くんは、すすりなきのこえをもらしました。それは、たちまち、人から人へつたわっていきます。おじいさんのかおもなみだでぬれ、もうしゃべることができませんでした。
 おばあさんが、まえに出てきました。
「よわむしの……鳥男を……りっぱに……そだてて……くれた……みなさん……ありがとう……ございます……」
 ふるえたこえで、それだけいうと、おばあさんは、ハンカチでかおをおおいました。
 なみだでぬれた目を見ひらき、ほし子さんが、しきぼうをかまえました。人はだれでも、かなしいおもい出をもっているものです。だけど、人はだれでも、たのしいおもい出ももっているのです。たのしいおもい出をよびさますために、ほし子さんは、しきぼうをふり下ろしました。
 ふえやラッパがかなでるのは、UFO小学校のうたでした。がっきにあわせて、うたごえがおこります。
♪ U(ユ) U(ユ) U(ユ) U(ユ)
  F(フ) F(フ) F(フ) F(フ)
  O(オ) O(オ) O(オ) O(オ)
  UFO(ユーフォ)
 たのしいたのしい六年かんのおもい出をのせて、鳥男くんのからだがうきます。うた子さんのからだがうき、震(しん)くんのからだがうきます。大ちゃんのママのからだがうき、おじいさん、おばあさんもうきかかってきました。
 ぶたいの上だけではありません。しきぼうをふるほし子さんがういています。ふえやラッパをふきながら子どもたちがうき、うたう子どもたちも、みんなういていました。大ちゃん、流(りゅう)ちゃん、光子(こうこ)ちゃん、一(はじめ)くんに、太くん――ひろ子ちゃんのからだも、車いすからはなれてういています。
「ばあさん、ノートをかしてくれ。このからだの気ぶんは、どんなスポーツでもあじわえないたのしいものだ。これをかきとめて、しんぶんしゃにおくってやるんだ」
 しんぶんしゃは一年まえにやめたのに、おじいさんは、かくことがわすれられないのです。おばあさんのふところには、はいくのノートが入っていました。
「おじいさん、かくのなんか、やめましょうよ。わたしも、はいくは、つくりませんよ。おどっているほうが、たのしいですよ」
 おばあさんのからだが、トランポリンのようにはね上がります。おじいさんのからだも、はね上がっていきました。
♪ U U U U
  F F F F
  O O O O
  UFO
 
(了)

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