UFO小学校11

UFO小学校のせつぶん
向井 豊昭


   UFO小学校のせつぶん

むかい とよあき

豊島区東池袋*―**―**
 向井豊昭 59歳 使送員
 TEL ****・****

 大ちゃんのママは、このごろ、としょしつにばかりいます。としょしつから出てくるのは、おしっこのときと、きゅうしょくのとき、そして、うちにかえるときだけなのです。
 せつぶんのことをしらべに大ちゃんがとしょしつにきたときも、ママは、まゆのあいだにしわをよせて本をながめていました。右手にもったペンが文字の上をはしり、ピンクのせんをひいていきます。
 ママのうしろから、大ちゃんは本をのぞいてみました。かん字だらけの、むずかしい本です。
 本のひょうしをの上げてみようと、よこにまわって手をかけてみました。
「うるさいわね」
 ママの手が、大ちゃんの手をはらいます。見えかかったひょうしは、カバーでかくされていました。
「なんの本、よんでるの?」
 おっかなびっくり大ちゃんがきくと、ママはつめたくいいました。
「あんたには、かんけいないの」
 ママのことばにつきはなされ、大ちゃんのこころがしぼみます。せつぶんの本をさがそうと本だなにちかづきましたが、さがす気もちになれません。むきをかえて、大ちゃんはろう下に出ました。
 かいだんを下りていくと、下から上がってきたのは一(はじめ)くんでした。本を一さつ、手にもっています。
「いま、大ちゃんをさがしてたんだよ。どこにいってたの?」
「としょしつ」
「なんのべんきょう?」
「せつぶんのこと、しらべようとおもったんだけど……」
「それなら、この本にかいてあるからよんでみな。としょしつからかりたんだけど、ぼく、もうよんじゃったから」
 一くんは、大ちゃんに本を手わたしました。『日本民俗百科事典』という文字がひょうしにいんさつされてあります。
 大ちゃんは、ページをひらいてみました。ママのよんでいた本のように、かん字がおおくて、よみにくそうです。
「むずかしくて、よめないよ」といって、大ちゃんは、一くんに本をかえしました。
「じゃあ、よんだこと、ぼくがおしえてあげるよ。じどうかいしつにいこう。だいひょういいんかいのそうだん、大ちゃんとしようとおもってたんだ」
 かいだんのと中にとまった一くんの足がうごきます。あとをついて、大ちゃんは、二かいにもどりました。
 じどうかいしつには、だれもいません。いすにすわると、一くんは、大ちゃんにたずねました。
「ねえ、大ちゃんのうちでは、まめまきやるとき、だれがまめをまくの?!」
「みんなでまくよ」
「もし、まくのは、おとうさんのやく目だっていわれたら、どうする?」
「ぼくも、まきたいよ」
「それがふつうだよね。だけどさ、UFO小学校じゃ、ずっと、年男がまいてきたんだよ」
「年男って、なあに?」
「こ年は、とり年だろう。そうすると、とり年生まれの六年生の男の子が年男なんだよ」
「六年生の男の子じゃないと、まけないの?」
「そうだよ。一年生の大ちゃんや、五年生のぼくがまけないだけじゃない。六年生でも、女の子は、まけないんだよ」
「どうして、女の子は、まけないの?」
「まめまきは、むかしのぎょうじだからね。むかしの女は、男より、くらいがひくかったんだよ。そういうむかしのやりかたで、いいとおもう?」
「おもわないよ」と、大ちゃんは力をこめていいました。
 
 ばんごはんのあとかたづけをおわると、ママはいいました。
「大ちゃん、もうねなさい」
「まだ八じだよ」
「いいから、じぶんのへやにいってちょうだい。ママは、ここでおべんきょうするんだから」
 テーブルの下から、ママは、カバーのかかった本をとり出しました。
「ママ、きゅうにおべんきょうするようになったんだね。なんのおべんきょうしているの?」
「入学しけんのもんだいよ」
「入学しけん?」
「そうよ。ママ、大学に入りたいの」
「エッ?」といったのは、ゆうかんをよんでいたパパでした。
「ママ、まえに大学をそつぎょうしたんじゃないの?」と、大ちゃんがたずねます。
「そつぎょうしたけど、ママのならったのは、うまのそだてかただったからね。こんどは、人げんのそだてかたをべんきょうしたいのよ」
「りっぱに大をそだててきたじゃないか。いまさら、そんなべんきょう、することないよ」と、パパは口をとがらせます。
「この子一人のことをかんがえてるんじゃないのよ。ちきゅうのどこにいっても、UFO小学校のようなたのしい学校があるようにしたいの」
「でもねえ、ママ。ママは、UFO小学校のせつぶんのこと、しってる?」と、大ちゃんは口をはさみました。
「しってるわよ」
「年男でなきゃ、まめをまけないこと、しってる?」
「しってるわよ」
「UFO小学校にも、へんなところがあるんだね」
「へんだとおもったら、なおせばいいでしょう。なおせるのが、UFO小学校のいいとこよ」
「ぼくねえ、きょう、一くんと、そうだんしたんだ。たのしいせつぶんにするために、だいひょういいんかいではなしあってもらうの」
「がんばってね。ママもべんきょうがんばるから、みんなへやから、きえておくれーッ!ドロン、ドロン、ドロン!」
 ママは、にんじゃのように手をあわせ、ゆびを立てました。
 かぜにまかれたように、大ちゃんは、からだをわざとまわしながら子どもべやに入っていきます。ベッドの上にからだをたおし、目をつぶりました。
 れいぞうこをあける音がします。
「つまみ、ないかなァ」と、パパはにんじゅつにかかってくれません。
「あるか、ないか、見たらわかるでしょう」と、ママのことばには、とげがありました。「いいよ、そとでのんでくるから」
 くつをはく音がします。ドアの音がつづき、しずかになりました。
 しずけさをやぶって、本をたたきつける音がします。
「パパのいじわるーッ!」と、ママがさけびました。
 
 じどうかいしつのこくばんのまえには、いすにのった光子(こうこ)ちゃんがいました。しょきになった一年生の光子ちゃんは、いすにのらなければ、こくばんの上まで手がとどかないのです。
 せっかくのって、よういしているのに、はなしは、なかなかすすみません。『せつぶん』というぎだいをかいたまま、光子ちゃんのしごとはとまっていました。
「年男をやめるっていうことは、むかしからつたわってきたことをかえてしまうことだもんね。そしたら、せつぶんと、ちがうものになることだもんね。きょうのぎだいは、せつぶんだもんね」
「それは、へりくつよ! 男のかってよ!」「ちょっと、ちょっと、おおきなこえを出すのは、女のかってなんですか?」
 はなしあいは、男と女のけんかみたいになってきました。女のほうにつかなければならない一くんと大ちゃんは、だんだんげん気がなくなってきます。
 げん気をつけようと、大ちゃんは、てのひらでかおをたたいてみました。いいあいの中に、手のひらの音がわって入ります。こえがとまり、みんなは大ちゃんを見ました。
 いまだ、と大ちゃんはおもいました。いきをすって、ことばをはきます。
「あのね、年男をのこすなら、ヒイラギとイワシのあたまものこさなけりゃならなくなるよ」
「ヒイラギとイワシのあたま?」
「そうだよ。ヒイラギのえだにイワシのあたまをさして、まめをいる火でやいたんだ。それをげんかんにおいて、おにが入ってこないようにしてたんだよ」
「フーン」と、みんなは、大ちゃんのものしりにおどろきます。
「一くんに、おしえてもらったんだよ。ねえ一くん、そうだよね?」
「大ちゃんのいうとおりだよ。ヒイラギとイワシのあたまをつかってるうち、この中にある?」と、一くんは、みんなを見まわしました。
 手を上げるものは、だれもいません。
「ぎょうじの中みって、かわっていくのがあたりまえなんだよ。なるべく、たくさんの人が、たのしくやれるようにしたほうがいいんじゃない?」と、一くんは、とどめのことばをつづけました。
「さんせい!」
「さんせい!」
「さんせい!」
 女の子のこえがつながります。
「さんせい」
「さんせい」
「さんせい」
 大きなこえではありませんが、男の子のこえもつながりました。
「じゃあ、六くみがいったとおり、みんなでまめをまくことにします」と、かいちょうの太(ふとし)くんがいいます。
「おにと、ふくは、どうするの?」といったのは、ふくかいちょうのほし子さんでした。「あったほうはいいよ」と、こえが入ります。年男でない子どもは、おにか、ふくのおめんをつくって、せつぶんの日をむかえていたのです。
「おに一人、ふく一人だけきめて、あとの人でまめをまいたらいいんじゃない?」と、一くんがいいました。
「おに一人は、いやだよ。みんなからまめをぶつけられたら、たんこぶができちゃうじゃないか。やりたい人にはどんどんやらせて、もっとかずをふやしたほうがいいよ」
「そんなこといって、みんなおにをやりたかったら、どうなるの?」
「ちょっとまって。この中で、おにをやりたい人、いる?」と、太くんがいいました。
 手を上げる人は、だれもいません。
「じゃあ、ふくをやりたい人」
 女の子が一せいに手を上げました。なん人かの男の子の手も上がっています。上がらなかった男の子の手があとをおい、いつのまにか、みんなの手が上がってしまいました。
 太くんと、ほし子さん、小さなこえでそうだんします。
 そうだんがおわりました。太くんがみんなにいいます。
「年男をやめることは、だいひょういいんかいできまりました。おにと、ふくのことは、あした、じどうそうかいをひらいてきめたいとおもいます。これでいいですか?」
「いいでーす!」と、みんなのこえが一せいにひびきます。
 光子ちゃんの右手が、こくばんの上でうごいていました。チョークの音がリズムをうちます。
 タッカ タッカ タン タン タ タン タ タン……
 
 はしらどけいは八じをさしていました。
「大ちゃん、もうねなさい」
 ママのことばは、さくばんとおなじです。おなじでないのは、パパがゆうごはんのじかんにかえってこないことでした。おくれるときは、かならずでんわをかけてくるのに、パパからのでんわはありません。
「大ちゃん、もうねなさい!」
 ママの二ど目のこえは大きくなり、目はつり上がっています。にんじゅつをつかうこころのゆとりは、ママにはなくなってしました。大ちゃんは小さくなって、子どもべやにひっこみます。
 いつのまにか、大ちゃんは、ねむってしまいました。目がさめたのは、トイレのもの音のせいです。パパのゲロの音でした。
「まったく、もう、パパったらァ!」
 ゲロの音にはりあって、ママのこえがひびいていました。
 
 たいいくかんでは、じどうかいのそうかいがはじまっていました。カバーをかけた本をひらき、大ちゃんのママは、ページの文字を目でたどっています。耳は、太くんのせつめいをきいているつもりでした。
「……そういうわけで、おにと、ふくをどうするかということを、きょうのそうかいではなしあいたいとおもいます」
 本をひらいたまま、ママは立ち上がりました。文字をたどって目玉をうごかし、ページの上にこえをぶつけます。
「おには、わたしがえらび、きごうでこたえよ」
「なんのことーッ?!」と、みんなのこえが一せいにします。
 ママは、あわててページから目をはなしました。あたまの中で本をよみながら、べつなことをしゃべるなどということは、ママにはむりだったようです。しゃべりたいことばと、本のことばを、ママはまぜてしまったのでした。
「おには、わたしがやります」
 こんどは、ちゃんとしゃべれました。さんせいのはく手がママの耳にひびきます。
「ほかに、おにをやりたい人いますか?」と、太くんがききました。
 手を上げるものはいません。
「シーン」というこえがして、みんなはわらいました。
「みんなのまめを一人でうけたら、たんこぶができちゃうって、だいひょういいんかいではもめたんだけど、小子ちゃんを一人きりおににしていいんですか?」と、太くんは、みんなにたずねました。
 ママがまた立ち上がります。こんどは本をとじていました。
「わたし一人でもいいけど、ふくも、わたしにやらせてください」
「ズールーイー」というこえがしました。ひろ子ちゃんです。
 ママは、みんなのあいだをとおりぬけ、ひろ子ちゃんにちかづきました。
 ひろ子ちゃんのまえでしゃがみます。
「ひろ子ちゃん、だれのこころの中にも、お」にがすんだり、ふくがすんだりできるのよ。わたし、じぶんの中のおにをおい出し、ふくをむかえたいの。わたし、ずるい?
「ズールークーナーイー」
「わかってくれて、ありがとう」
「ヒーローコーモー、オーニーヤールー! ヒーローコーモー、フークーヤールー!」
「ぼくも、おにと、ふくをやります!」
「わたしも、おにと、ふくをやります!」
 ひろ子ちゃんのことばにつづけて、子どもたちが立ち上がっていきます。まめをまく人がいなくなってしまうようないきおいでした。
 うた子さんが立ち上がりました。
「A、B、Cの三つのグループにわけましょうよ。Aがまめをまくときは、Bがおに、Cがふくをするのよ。Bがまめをまくときは、Cがおに、Aがふく。Cがまめをまくときは、Aがおに、Bがふく。こうしたら、どのやくもやることができるわ」
 はく手がなりひびきます。こんどは大ちゃんが立ち上がりました。
「一、二くみをAグループにして、三、四くみをBグループ。五、六くみはCグループにすればいいとおもいます」
 はく手の音がまたつよくひびきました。
「これでUFO小学校じどうかいそうかいをおわります!」
 太くんのあかるいこえが、はく手をぬってひびきます。
 
 ソファーにすわって大ちゃんがテレビを見ていると、ドアのあく音がしました。はしっていくと、かいもののふくろを下げてママが立っています。
「こんばんのおかず、なあに?」
 たずねながら、大ちゃんはふくろをのぞきました。
 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、にく――インドカレーのはこもあります。
「ワーッ、インドカレーだァ!」
「こんばんは、パパも一しょよ」
「パパも、インドカレー大すきだもんね」
 ママは、だいどころでほうちょうをもちます。じゃがいものかわのむける音が音がくのようにきこえました。
「ぼくねえ、きょう、ママのこと、ころしたくなったんだよ」
「そうかいのとき?」
「うん、ママのおかげで、はなしがゴチャゴチャになりかかったんだもの」
「大ちゃんにも、おにがいたのね。でも、おににしては、いいはつげんをさいごにしたじゃないの」
「うた子さんのはつげんがよかったからだよ」
「そうね、うた子さん、大ちゃんのために、すこし、はつげんをのこしておいてくれたのかもしれないわね。うた子さんは、ふくのかみだわ」
「ぼくも、ふくのかみになりたいな」
「もう、なってるわよ」
 ママは、ほうちょうをおいて、手かがみを大ちゃんのかおのまえに出しました。かがみには、人げんの子ども――大ちゃんのほかに、うつるものはありません。
「これがふくのかみなの?」
「そうよ」
 ドアのあく音がしました。
「ただいま!」と、パパのこえがします。
 ママのてから手かがみをひったくり、大ちゃんはとんでいきました。
「パパ、ぼくね、ふくのかみなんだって! パパは、ふくのかみなの?! おになの?! かがみで見てごらん!」
 パパは手かがみをとって、じぶんのかおをうつしながら、だいどころにいきました。
「このかおは、おになのかなァ? ふくのかみなのかなァ?」
 くびをかしげるパパのことばに、ママは、かがみをのぞいていいました。
「いまは、まちがいなく、ふくのかみのようですね」
 
(了)

続く

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