骨踊り(5)

向井 豊昭


 一ヵ月ほどして、運動会があった。運動会の後のPTAの慰労会で、「先生、ウンコ石はよかったなァ」と、ビール瓶を片手に隣に割り込んできたのはヒロユキの父親だった。
「学校のことなんか、何んもしゃべったことねえのに、ウンコ石のこと、しゃべってしゃべって、寝床サ入っても、まだしゃべくるんだもん。なあ、先生よォ、おれ、牛飼いしてるからよく分かるんだ。ウンコってのァ、大事なもんだよ。ウンコ見れば、牛の体具合ピタッと分かるんだ。ウンコ見て、牛の餌の調合考えるんだからな。ウンコを馬鹿にすれば駄目なんだ。ヤー、よかった。ウンコ石は、ほんとによかった」
「クニコも、帰ってくるなり、ウンコ石のプリント見せてくれましたよ」と、向井の席に座っていた母親が口をはさんだ。やはり牧場の家庭である。「おかしいのはね、クニコったら、ウンコ石を作るんだといって、牧草地の隅っこにウンコをしたんです」
 笑い声に囲まれて、母親の言葉は普段着になった。
「ウンコサ、パラパラって土かけてね、早くウンコ石にならないかなあって眺めてるんだからァ。だから、わたし言ったんだ。何千年もたたなきゃウンコ石にならないよって言ったら、じゃあ誰のものか分からなくなるねってクニコが言ってね。そしたら、家の父さんがまた悪い父さんなの。名前書いて、札立てればいいべってからかってさ、クニコったら本気になってしまって、木端拾ってきて、マジックで書きはじめたもん。このウンコ石はテラダクニコのものです。ごていねいに、年月日まで書き込んでしまってさ。まだ木の札、倒れないで牧草地に立ってるんだからァ」
 爆笑をしながら、心はふるえていた。目の前で一緒に笑うクニコの母はアイヌである。名を残すなどという立志の思想からはるかに遠く、祖先の墓標は近くの丘にひっそりと立っているのだ。
 名を刻んだ墓石の並ぶ墓地の奥で、墓標は雑草に囲まれている。エンジュやドスナラの皮をはいで立てた墓標は、歳月にさらされて痩せ細っていた。死者の性別だけを示す墓標である。墓標の先端が尖っていれば、それは槍をかたどった男性のものであり、穴を持った丸い頭があれば、それは針をかたどった女性のものなのだ。朽ちて欠け、丸い頭になってしまった槍もある。頭を通す刳り穴が葬儀のために開けられたものか、歳月のために開けられたものか、見分けのつかない墓標もあった。……
 テストを持って真っ先に立ってくるのはミチヨだった。できた順に丸をつけ、間違ったところはやり直す。全部できたら自習をするというやり方で、テストの時間を過ごすことにしているのだ。
 床を走る足音がする。テストを片手にひらめかせ、走ってくるのはカズヤだった。気づいたミチヨも走り出し、足音が重なった。
「セーフ!」
 カズヤの声が鼻先で響く。教卓の上に両手を伸ばし、倒れ込んだのはカズヤなのだ。一番乗りを取られてしまったミチヨの頬が、カズヤの後ろでふくらんだ。
 二人の列が三人になり、四人になる。黒板の長さに沿って並んでしまうと、列の中におしゃべりがはじまった。
「こらっ、うるさい!」と呶鳴りつけ、おしゃべりを押さえるが、すぐに元のざわめきがくる。自習の子どもたちも席から離れ、かたまりを作って騒ぎはじめてきた。三時間目は、終わりに向かって近づいているのだ。腕時計を見ると、十一時二十七分だった。残り時間は三分である。
 机の上に開いて置いた教務手帳に目をやる。今日の点数が並ぶ欄の、まだ書き込まれていない空白は一つだった。サチコの欄である。
「後三分」
 時間を教えると、サチコがあきらめて立ってきた。
 丸は半分もつかない。教務手帳に点数を書き込むと、「ア、ア、ア、ア」と、サチコはあごを前後左右にゆさぶってくやしがった。
 チャイムが鳴る。
「これを見て書きな」と、解答は赤で刷り込んだ紙を渡すと、サチコは微笑みながら受け取った。
 ミチヨとヨシキが立ち、終わりの号令を掛けるきっかけを待っている。悪いけど、出番はない。サチコはまだ終わっていないのだ。
「机を元に戻しながら、オシッコにいっといで!」
 大きな声でみんなに言うと、一斉にみんなの体が動いた。
「先生、できた!」と、サチコが小走りにやってくる。丸をつけ、はじめの点数を二本の線で消してやった。100と大きく書いてやると、「ヤッター!」と叫び、飛ぶように自分の席へ戻っていった。机の上にテストを置き、オシッコに走っていく。
 五分間の休みは終わり、四時間目のはじまりを告げるチャイムが鳴った。
「姿勢をよくしてください!」
 ミチヨが声を張り上げると、ヨシキはあわてて立ち上がった。子どもの心は、まだ四時間目に切り替わっていない。教室の中は、おしゃべりの花が満開だった。百点のテストを両手でつかみながら、サチコも花の一つである。花々がゆれ、言葉の花粉が飛び交っていく。花粉を受けて実がふくらみ、種がはじけると、新しい話題の芽が、たちまち花を結んでいく。四季はめぐり、子どもたちは輝いていた。輝かないのは、言うことを聞いてもらえない日直だ。
 笑顔で二人に視線を送り、両手を軽く前に出す。出した両手を沈めると、二人は顔を見合わせながら座った。
 算数の教科書を開きながら、黒板の前に立つ。チョークを持ち、ページを確かめると、横書きに文字を書いた。
37ページのれんしゅうもんだい@をノートにやりましょう。やった人はドリルのわりざんのもんだいをやってください。やりかたのわからない人は、いつものように先生のところに聞きにきてください。
 チョークを置いて、花の中を歩いていく。花の肩に手をふれて、黙って黒板を指すと、花はしぼみ、下がった頭が机の中をのぞき込む。教科書、ノート、そして筆入れを取り出す音が教室の中につたわっていった。
 つたわる音に気づかないサチコのおでこを指ではじくと、手品のように舌が飛び出す。湯気の出そうな赤い小さな肉がかわいかった。食べてしまいたい彼女の舌である。
 自分がまた外れようとする。ゴクッとつばを飲み込んで、外れる力を押し戻した。心を押し込め、表情を押し込める。外れずに済んだ十九人目の自分は、硬い表情で教卓に戻り、空を眺めた。
「先生、分からない」
 サチコの声が耳元でする。教卓に上にノートを置く彼女の手があった。9÷3という式だけが、ノートに書かれてある。パソコンのように無表情で教えはじめると、二人、三人と、続いて出てくる子どもたちがいた。
 何日かかけてやった問題の繰り返しがはじまる。一つ教えて席へ戻し、次の子どもにまた教える。分からなかったら何度立ってきてもいいのだが、パソコンになりきれる人体ではなかった。嘆声も出れば。歓声も出る。そのたびに表情は変化し、グリコーゲンは酸化する。体が火照り、こめかみが痛かった。
 疲れることは、いいことだ。センセイの疲れは、子どもの疲れの証拠である。赤信号のサインを感じて、計算に疲れた子どもたちのおしゃべりが、あちらこちらではじまっていた。
 腕時計を見ると、十二時十五分だった。給食の時間まで五分あるが、一時四十分までには北千住へいかなければならない。区教研は国語部会の文学散歩に出てみようと思っていたのだ。
「みんな、大分わかってきたぞ。続きは、また明日やるからね。今日はこれで終わりにしよう」
 ノートを持って並んでいる子どもたちに声をかけると、掌でメガホンを作って、教室のみんなに言った。
「後五分あるけど、給食にします! まだ他の教室では勉強をしているので、声を出さないで準備してください! 分かった?!」
「ハーイ!」と、みんなの声が教室にとどろいた。
 人差し指を唇に当て、みんなの声を止める。声は止まったが、机を動かす音がとどろきはじめた。黒板を向いて並んだ机を五人で向き合う形に変えるのだ。
「なるべく静かにね」と注意の言葉は口から出るが、顔は笑っていた。終わりの挨拶はまたもや省きだが、ミチヨもヨシキもニコニコ顔で机を動かしている。
 白衣を着た給食当番が働き出す。カレーが匂う配膳台から、サチコが走ってきた。
「先生! わたしのこと、バイキンって言って、やらせてくれないんだよ!」
「誰だ! そんなことを言うのは!」
 椅子から立ち上がり、給食当番に詰め寄る。
「誰だ! バイキンって言ったのは誰だ!」
「ぼくじゃないよ」と、男の子の声が一つする。
「ぼくじゃないよ」と二つ目の声が続き、残った子どもはカズヤにミチヨだ。
「お前か?!」と指を差されたのはカズヤだった。
 あわてて首が横に振られる。隣のミチヨのうるんだ目が気勢をそいだ。
「先生、サチコちゃんも悪いんだよ。無理矢理、カレーをやろうとするんだもん」と、カズヤは真相に迫る第一声をさきがけた。
「あんた方なんか、いっつも好きなのばっかりやってるでしょう。一回ぐらい、わたしにさせてくれたっていいでしょう」と、サチコは負けない。
「どうしたらいいか、給食当番で考えなさい」と言って教卓に戻る。給食のチャイムが鳴った。五分早めた給食だが、何の役にもたっていない。
 椅子に座って眺めていると、子どもたちの話し合いがはじまった。かたまりが崩れ、カズヤが真っ先にやってくる。
「先生、決まりました」
「どう決まった?」
「ジャンケンして、勝った人から、好きなものをやるの」
「よし、いい考えだ。上手に話し合って偉かったぞ。仲直りも忘れないでね」
「ごめんね」と、ミチヨがサチコに言った。
「ごめんね」と、サチコがミチヨに言う。
「仲直りもできたし、よかった、よかった。じゃあ、ジャンケンしてやりなさい」
 配膳台へ給食当番は戻っていく。ジャンケンの声が響いた。席を立って群がっていく子どもたちの姿で、ジャンケンの手は見えなかった。
「みんな戻りなさい!」
 子どもたちが散らばったのは、センセイの大声のせいではない。ジャンケンが終わったからだ。
 運がよく、サチコはカレーのルーをかける係だ。御飯の盛りつけはミチヨになる。福神漬を添える子ども、冷凍みかんを渡す子ども――牛乳を渡すカズヤは、もうみんなの席に牛乳瓶を配って歩いている。
 列ができ、お盆とスプーンを取った子どもが配膳台の前を流れていく。センセイの給食をお盆にのせてサチコが運んできた。量は子どもと同じである。胃袋が悪いセンセイの適量を子どもはもう知っていた。
「姿勢をよくしてください!」と、ここでまた日直の出番がくる。ヨシキの声が、ミチヨの声より高く響いた。
 カレーライスを前にして、子どもたちのざわめきはすぐにおさまった。
「いただきます!」と、ヨシキの声がはずむ。元気のないミチヨのことが気がかりだ。
「いただきます!」
 みんなの声と一緒に、スプーンを持つ音が鳴った。
 空になった食器と牛乳瓶を前にしてみかんをむきはじめたころ、一足お先に自分のお盆をかたづけ出す子どもがいる。かたづけた足で近づいてくるのはサチコだった。
「先生、ミチヨちゃん、ナプキンを何枚も持ってきてるんだよ」
「ふうん」と、みかんの房を飲み込んだ。
「いいの?」
「いいんじゃない?」
 解せぬ顔でサチコは立ち去る。頭の中を一拍遅れで考えがめぐった。
「ミチヨちゃん、一寸!」と、まだ食べ終わっていない彼女を呼ぶ。
「ナプキン、何枚も持ってるんだって?」
「はい」
「一寸、見せてくれない?」
 紐で締まった袋をぶら下げ、ミチヨがまたやってくる。袋を開け、中に詰まったナプキンを彼女は取り出した。様々なデザインで彩られたナプキンが次々に現われる。全部で五枚だ。給食盆に敷くためのナプキンは、一枚あればたくさんである。だがコレクションは、一枚では成り立たない。成り立たないからといって、ここでコレクションを認めてしまえば、真似る子どもが続々と現われるだろう。教師根性が鎌首をもたげる。
「あのね、みんなが真似てね、お母さんに、ナプキン買って、ナプキン買ってって言うと困るでしょう? だからね、学校には一枚だけ持ってきて、後は家に隠しておきなさい。分かった?」
 言い含めると、ミチヨはうなだれて席に戻った。その向かいで、小気味よさそうに視線をやるのはサチコである。
 給食終わりのチャイムが鳴った。一時である。後四十分で北千住に着かなければならないのだ。歩く時間も入れるなら、二十分は欲しかった。いや、はじめての場所だから、三十分は欲しいところだ。看護日誌も書いていかねばならないのだから、掃除をする時間は残っていない。帰りの会も、できるはずがなかった。みかんの房を次々に口の中にほうり込む。
 掌でメガホンを作った。
「今日は掃除はありません!」と先ず叫ぶと、歓声が上がる。「ごちそうさまも省略します! すぐに給食をかたづけて、さよならだけして帰ります! センセイは一時四十分まで北千住に勉強にいかなきゃならないので、すぐにかたづけてください! 勉強道具より先に給食当番を手伝ってください!」
 配膳台に子どもたちが群がる。センセイのお盆をかたづけてくれるのはカズヤだった。ランドセルを配って歩く子どももいた。
 一早くランドセルを背負ってヨシキが前に出てくる。遅れて出てきたミチヨの動きは相変わらず元気がなかった。
「さようなら!」
 みんなの前で挨拶の言葉をかけるヨシキの声は元気だが、ミチヨの唇は動かない。
「さようなら!」
 みんなの声がとどろき、戸口が混み合う。
「ミチヨちゃん!」と、彼女の背中に声をかけた。ミチヨが振り返る。
「明日も元気で、また会おうね!」と言いながら手を振ってやった。笑いを作ってうなずいてくれたが、言葉はない。
 子どもがいなくなった教室の窓をあたふたと閉めた。床のあちこちに鉛筆や消しゴムが落ちている。手つかずのティシュペーパーの袋もあれば、引き千切られたノートの紙も落ちている。
「しまった。ごみを拾わせるんだった」
 舌打ちをして、ロッカーから箒を取り出し、大急ぎで床の上を掃きはじめた。
 落とし物をごみから選び、教卓の上にのせる。残ったごみをかたづけると、今度は机の乱れが気になってくる。
「ほんとに、どういう子どもだろう」
 つぶやきながら机の乱れを直し終わると、腕時計は一時十三分を指していた。
 煙草とライターのシャツのポケットに入れる。ごみになったノートの紙を屑入れから取り出し、吸殻を包んで捨てた。
 蛍光灯のスイッチを切る。壁にかけた名札入れが目に入った。下校をする時には、胸の名札をそこに戻すことになっているのだ。名札をつけて家に帰ると、山谷のアヤシイオジサンに名前を呼ばれてしまうという理由からだった。
 三分の一は戻っていない名札である。戻さないで帰ってしまうと、なくしてしまう子どもが多い。抜き打ちの点検がおこなわれるかもしれない全校朝会は五日先のことだった。心配は後回しにしよう。
 廊下に出て、階段を飛んで下りた。小走りで職員室に入り、机の上の看護日誌を開きながら椅子に座る。ボールペンを持ち、月日と曜日、天候を書き入れた。
 続く欄の頭には『始業前』という文字が刷り込まれている。前の日の欄に目をやると、『朝の挨拶が元気よくできていない。帽子をかぶってこない子が2人いた。8時25分過ぎの登校は6名』とある。校長が引いた赤鉛筆のアンダーラインが、文の全てに沿って伸びていた。
『朝の挨拶が元気よくできていない』と、前の日の文の中から一つだけ選んで書いてしまう。外れていった七人の暴力の意味を問いつめながら書いていく時間もなければ、それだけのスペースも持たない看護日誌だ。問いつめることを拒むような赤鉛筆の使い方でもあった。
 前の年の一学期の終業式の日、たまたま看護当番に当たった。驚くほどの元気な声で子どもたちの挨拶が響き、その日の日誌は自分の言葉でスラスラ書けてしまったものである。『夏休みを迎える子どもたちの挨拶の言葉は、はずむ足、にこやかな顔と一緒に四つ辻に響き、空高くこだました』
 校長はただの一文字にも、アンダーラインを引いてはくれなかったのだ。
 続く欄は『集会時』だ。他人の文を読むのも面倒になってくる。『比較的きちんとできた』と無難な答えにまとめると、次の『休憩時』を考えた。
『ほとんどの子どもが外で元気よく遊んでいた』と書いてしまい、『放課後』の欄にボールペンの先をやる。
 これは簡単。『区教研参加のため放課後の見まわりできず』で済ませてしまうが、最後には『所見』という欄が待っていた。所見などという大それたものを書ける力は持っていない。『特になし』とかたづけて、印鑑を押す。
 日誌を閉じ、教頭のところに持っていった。「日誌をここにおきます」
「ご苦労さまです」
 この学校のセンセイとの、今日の言葉のやりとりは、これで何回目になるのだろう? 一回目は十七人目の朝の挨拶。同じ十七人目の校長への文句が二回目のやりとりで、十九人目の今のやりとりは通して三回目だ。
 教頭の後ろにまわり、黒板に張ってある区教研の開場一覧表に目を近づける。眼鏡を額に押し上げて眺めた。
 もう大方のセンセイが出かけてしまった後らしく、鉛筆書きの名前がたくさん書き込まれている。ほとんどの名前が体育の欄を埋めていた。秋の研究会に備えて、みんなの心は体育にいっているのだ。文学散歩の国語には誰も名前を書いていなかった。
 チョーク受けに置いてあった鉛筆を取る。やましさに逆らい、国語の欄に名前を書いた。
 黒板に並んで校長室のドアがある。閉め切ったドアの前を通りながら耳を澄ませた。声が聞こえる。テレビの声だった。話題にも取り上げられない十八人の自分は、今頃どこでグッタリしているのだろう。
 机に戻り、鞄を取る。名札を裏返し、「失礼します」と教頭に言った。
「ご苦労さまです」と言葉が返り、言葉の交わし合いはもう一度だけ残っていた。
 尿意がうずいている。まだ我慢はできそうだ。トイレには寄らず、階段を跳ねて下りる。靴を履き替え、歩き出した足取りは、気ぜわしい東京人のものだった。
 校門の内側に並んだ小公園から怒声が聞こえてくる。金網が張られ、樹木の茂る小公園の怒声の主は見えなかったが、確かにそれはなじみの声である。
 歩調をゆるめ、入り口から中をうかがう。怒声の主は、やはり自分だった。呶鳴りまくる自分の前には、うなだれたミチヨが立っている。しゃがんでいるのはサチコだった。サチコは足をさすっている。
「どうして足を蹴飛ばしたかって聞いてるんだ!」
 問いつめるのは野暮である。盛りつけのトラブルでせっかく先にあやまったのに、ナプキンのコレクションでチクられた彼女なのだ。
 止めに入ろうかと思った瞬間、それをはねのけるように一際高く怒声が響いた。
「往復ビンタだァ!」
 掌を頬に浴びてミチヨが倒れる。倒れたミチヨの襟首をつかみ、引きずり起こすと、掌はまた彼女を襲った。
 勢いあまった掌が、かたわらの低い木の枝を払ってしまう。枝がゆれ、花の匂いが散った。白い色を裏に見せて、花びらの表は紫色に光っている。紫木蓮だった。
 掌の音がまた響く。サチコの守護神になってしまった十八人目の掌の音は、十九人目も狙うかのような激しい勢いだった。
 逃げ出す。逃げ出して校門から飛び出す。飛び出しながら、腕時計の日づけに目をやった。間違いなく、今日は母の命日だったのだ。
 出棺の日、柩を取り巻く人々の後ろをうろつきながら、身の置き場所に困っていた息子だった。
 柩のふたを開く音が体を縮ませた。
「ワーッ、奇麗な……」
 一斉に起きた嘆声に、縮んだ体を思わず爪先き立てると、紫木蓮の着物の柄が目を捕らえた。
「坊や、お別れをするんだよ」
 気づいた祖母が近づいてくる。恐怖にはじかれ、縁側に走り出すと、はだしのまま庭に飛び下りた。庭半分をドブ川が流れ、それをおおうドブ板は腐り、なくなっている。
 下駄を突っかけた祖母の姿が迫っていた。ドブの向こうはお屋敷の塀だ。割り竹を組んだ高い塀の隙間から紫木蓮が匂っている。破れかぶれになった体は、ドブの中に飛び下りていた。……
 朝と同じ道なのに、亡者を目に入れるゆとりはない。目を占めるのは、記憶の中の紫木蓮だ。紫木蓮をかき分けて信号機の色が現われ、券売機のボタンが現われる。改札口を通り、『手洗所』という文字が現われた時、電車の音がした。
 手洗所を後ろに捨て、ホームへ走り出す。込み上げるものをこらえながら、ガラ空きの電車に乗った。
 紫木蓮が込み上げ、ビンタが込み上げ、尿意が込み上げる。三つ巴の渦の中から尿意一つが浮き上がり、肉を叩いた。
 両足を踏んばってドアに立つ。マンションの洗濯物が旗のように励ましを送ってくれた。
 電車は隅田川にかかる鉄橋を渡った。暗い川の色は、こらえる力を削いでいく。目をそらして岸を呼んだ。岸のマンションの洗濯物が再び現われ、電車の動きはゆるくなった。
 聞いたドアから、棒のように固く下りる。うなりながら階段を昇り、左右を見まわすと、『手洗所』という文字が光を抱いて輝いていた。
 チャックを下ろし、肉の先をつまみ出す。しびれるような快感が肉を貫き、激しい音が耳を叩いて体をめぐった。この世の不満や鬱積をこんなふうに出すために、外れていった自分もいるのだ。
 チャックを上げ、腕時計を見ると、集合時間にはまだ八分も間があった。
「なあんだ」と、いつものペースで歩き出す。
 改札口の外は蛍光灯の光が重なり、ガラスの向こうに色とりどりの商品が咲いていた。頭の上では案内の文字が光っている。『旅行センター』という文字を見つけ、左側の階段を外に下りる。
 集合場所の旅行センター前では、プリントを抱えた女性を囲んで数人がおしゃべりをしていた。参加者名簿に名前を書き、煙草をくわえながらプリントに目を通していると、人の集まりは二倍三倍に増えてくる。
 駅ビルが見下ろす広場のわきを通り、文学散歩の一団は出発した。散歩という言葉にはほど遠い東京人の足の運びである。遅れぬように先頭近くを歩いていても、いつの間にかビリになってしまうのだ。
 風でゆれるのれんが顔に当たる小路を通り抜け、最初に着いたところは金蔵寺という寺だった。
「エーッ、よろしいですか。それでは一寸、お話します。千住宿は江戸の入り口で、北千住には本宿と呼ばれる宿場があり、南千住コツ通りは下宿と呼ばれていたんです。で、旅籠――旅館のことですね。この旅籠には、一軒で、飯盛女を二人おくことが許されていたんです。ハイ。飯盛女といってもですね、飯を盛るだけじゃありません。遊女なんです。で、この遊女と遊ぶのを目的に、江戸市中からも人がやってきました。旅人が泊まる数よりも、実際は、こういう客の方が多かったんです。で、この左側の石碑は、そういう飯盛女の供養のために建てられたものなんです。ハイ」
 研究家が説明をはじめている。石碑を囲む人々の前には、南無阿弥陀佛と刻み込まれた石が建っていた。石は黒々と恨みの色でくすんでいる。その右には、お地蔵さまをはさんで、無縁塔と刻み込まれたもう一つの石碑があった。
「エーッ、それからですね、この右の方――これは天保の大飢饉の時のことなんですが、食うに困った地方の人たちが、江戸にいけば何とかなるだろうということで、日光街道を南に南にと上ってきたんです。で、この千住宿にたどり着いた途端、疲労と空腹、そしてここまできたという安堵感のためなんでしょうか、バタバタと死んでしまったんです。そういう名前も分からない人たちを供養するために建てられたものなんです。ハイ」
 江戸へ江戸へと上ってきた人たちが、ここにもいたのだ。心の飢え、立身出世のためではない。生身の飢えで痩せ細った足を引きずり、江戸へ向かった無名の人々である。
 次の見学場所へ移るために、文学散歩の群れは動きはじめる。
 無縁塔に近づき、石の表(*単行本では面)に掌を当てた。日の光を吸った石は、人肌のようなぬくもりをつたえていた。
 飯盛女の供養塔にも掌を当ててみる。石のぬくもりが同じようにつたわり、あたりの空気がゆらいでくる。ゆらぎながら、亡者の姿が立ち現われる。窪んだ目、突き出た頬骨、たるんだ皮膚、痩せ細った四肢、はだけた胸の浮き上がる肋骨――髪が抜け落ちた頭を右手でおおい、膿で崩れた顔を左手でおおうのは、梅毒に侵された飯盛女だ。
「二朱」
 梅毒の傷から右手を離し、揚代を求めて突き出してくる。
「飯」
 かすれた声で突き出てくる手が交わり、掌がひしめいていた。
 体がすくむ。
 ゴキッ!
 すくんだ自分の背中を割って逃げていくのは、二十人目の自分である。
 道の角を曲がると、説明はもうはじまっていた。ガラスで囲まれた三階建ての都税事務所には、もったいなくも一面に蛍光灯の光が目立ち、植え込みの小さな金属板の説明は目立たない。
 植え込みに沿って走る車を避けて、みんなは道を隔てた家の前にかたまって研究家の話を聞いていた。かたまりには入らずに、説明板に近づいていく。これもまた、都へ向かってやってきた人間の跡なのだ。
   橘井堂森医院跡
鴎外(*正字の「區鳥」)の父森静男は、元津和野藩亀井公の典医であったが維新後上京し、明治十一年南足立郡設置とともに東京府から郡医を委嘱されて千住に住んだ。同十四年郡医を辞し橘井堂医院(きつせんどういいん)をこの地に開業した。鴎外は十九歳で東大医学部を卒業後陸軍軍医副に任官し、千住の家から人力車で陸軍病院に通った。こうして明治十七年ドイツ留学までの四か年を千住で過した。その後静男は、明治二十五年本郷団子坂に居を移した。
  昭和六十年三月
      東京都足立区教育委員会
『きつせんどういいん』というふり仮名の四つ目の文字を鉛筆で書いた×がおおっている。これでもか、これでもかというように線の行き来は重なり、太かった。その隣には同じ鉛筆で、『い』と訂正の文字が入れてある。
「鴎外か」と、つぶやきが出る。陸軍軍医総監、帝室博物館長、帝国美術院院長、文学博士にして大文学者の鴎外相手のつぶやきは、鉛筆のようなものである。そして鉛筆にも、首を傾げる力はあるのだ。
 鴎外よ、あなたの遺言はぜいたくだった。『余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス宮内省陸軍省縁故アレドモ生死別ルゝ瞬間アラユル外形的取扱ヒヲ辭ス』というあの遺言は、どこの誰とも分からぬ姿で死んでいった天保の行き倒れ人から見るならば、ぜいたく極まりないものなのだ。『墓ハ森林太郎墓ノ他一字モホル可ラス』と述べるあの遺言は、源氏名のまま死んでいった女たちから見るならば、ぜいたく極まりないものなのだ。
 早足がまたはじまり、広い通りに出る。堀が流れ、千住小橋がかかっていた場所である。堀は地下の排水路となり、橋の代わりは横断歩道だ。
 道を渡り、ひなびた商店街を行く。旧日光街道である。人の流れはほとんどないが、地の利を知った運転手たちの、ここは抜け道になっていた。我が物顔に車が走り、人間は狭い道の隅っこに追いやられる。
 視界が開け、千住大橋の青いアーチが見えてきた。旧街道を飲み込んで、広い通りが大橋めがけて伸びていく。橋のたもとの小さな公園に、芭蕉の句碑は建っているのだ。
「なあんだ、ここか」とつぶやきながら句碑に近づく。橋の向こう側までやってきたのは、つい先週のことだった。家庭訪問週間だった。クラスの子どもの一番遠い家は、向こう側の橋のたもとに近かったのだ。
 茶色い自然石にはめ込まれた黒御影に『おくのほそ道』の旅立ちの言葉が刻まれている。
千じゅと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝく
 行春や鳥啼魚の目は泪
是を矢立の初として、行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。
 碑を囲んだ群れはほどけ、ベンチに休んでいる。
 立ったまま、煙草に火をつけた。煙がゆらぎ、思いがゆらぐ。ゆらぐ思いを見つめていると、出発の声がかかった。
「アノー、用事がありますので、ここで失礼させていただきます」
 責任者にことわって、公園に居残る。人の消えたベンチに座り、煙にゆらぐ思いの姿を見つめ続けた。
まゆはきを俤にして紅粉の花
野を横に馬牽むけよほとゝぎす
石山の石より白し秋の風
涼しさやほの三か月の羽黒山
 旅の中で、芭蕉は花を詠み、鳥を詠み、風や月を詠んだ。おくのほそ道に旅立った元禄二年から、ちょうど三百年の今年である。芭蕉を讃える行事は各地で計画され、日本の心の具現者としての彼の業績は定まっているかのようである。

(続く)


編者注記(東條)
表記はすべて原稿通りのままとしました。表記ミスと思われるものについては(*)で注釈しました。
校正協力・ガザミ

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