千代に八千代に

向井 豊昭(康見季生名義)



     一
 バネのように尻を浮かし、ぼくはひじかけ椅子から離れた。教員住宅の狭苦しい居間の真中は、テーブルで占められている。コーヒーカップの丸見えの底は、待ちくたびれたぼくの心のようだった。もう一つのひじかけ椅子に座る妻の膝をかすめ、ソファーに座る娘の膝をかすめ、ぼくはほとんど爪先で玄関へ向かった。テレビに見入っていた二人の目が、ぼくの体の動きを追う。
 たてつけの悪いガラス戸を両手で持ち上げろように開けると、冷えた空気が体を包んだ。下駄箱の上の電話の音は冷えてはいない。開いたガラス戸をそのままに、ぼくは受話器を取った。
「はい、毛利です」
「あ、毛利先生。内海です」と、声は思ったとおり校長だった。「人事異動の最終決定が今、連絡ありましたよ」と、校長の声は静かだ。
「どこですか?」と、ぼくの声はゆれる。
「遠仏(とおぶつ)小学校です」
「遠仏小学校……」と、ぼくはつぶやくように言った。
 居間に目をやると、妻の陽子のしかめた顔が見える。娘の志穂の目は丸かった。
「あのう、一晩考えてから御返事させてもらいます」と、ぼくの声はよどんでいる。
「先生、それは駄目なんだワ。これはもう最終決定だから、くつがえすことはできないんです」
「はい」と返事をしてから、ぼくはまた言った。「でも、やっぱり、一晩考えてから御返事させてもらいます」
「先生、この段階では、もう、どうにもならないんですよ。ねえ、先生、どうせ行かなきゃならないなら、気持よく行かれた方が、先生のためになると思うんだけどなア」
――人事は、本人の希望と納得によりおこなわれるものとする。
 組合と教育局がとりかわしたという確認書の一節がぼくの頭をかすめた。言葉はもっと強めていい。
「とにかく、明日の朝、御返事しますから、それまで考えさせてくださいよ」
「そうですか、そういうことなら、明日まで待ちましょう」と、ぼくの語気に校長は押された。
 受話器をおくと、ぼくの体は冷えた玄関の空気に気づいて肩をすくめた。ガラス戸を閉め、居間の石油ストーブの前に立って尻をあたためる。息子の聴くステレオの音が二階から洩れていた。ぼくは天井を見上げた。
「遠仏小学校かア」と、陽子の声は大きい。志穂は、彼女とぼくの顔を見比べた。
 遠仏小学校は、下方(げぼう)第三中学校の校区内にある。ぼくが遠仏小学校に異動し、その教育住宅に住むということは、中学二年になろうとしている息子が下方三中に転校するということである。下方三中はツッパリが多いからそこにだけは行かないようにしなければならない――それが、陽子を通して聞いた志穂の意見だった。彼女は中学校の時から卓球部の選手で、あちらこちらの学校へ試合で出かけ、(入力者による挿入)情報が豊富だった。今は、下方高校の一年生である。
 下方高校は隣町の下方町にあり、遠仏小学校も下方三中も下方町にある。志穂の通学を考え、ぼくは下方町に異動の希望を出していたのだ。
 ぼくが遠仏小学校への異動をためらったのは、志穂の意見に支配されたのではない。遠仏小学校は、二年後に、その奥地にある市父小学校と統合し、両校の中間地点に新しい校舎が建つことになっていた。二年たてば、また転任をしなければならないのだ。その土地に慣れるのに、二年、三年はかかるというのに、二年で異動では腰を落ちつけての仕事はできるはずがなかった。それなら異動の希望など出さなければよかっただろうと言われても、それはできない。この美牧(びぼく)町の小学校に勤めて六年になるぼくなのだ。六年間を努めた者は、よほどの事情がない限り、転任をしなければならないしきたりがある。転任を望まなくても、教育局の人事面接を受け、事情を明らかにしなければならなかった。
 人事面接は不愉快なものである。最も不愉快だったのは、初めての勤め先、今は遠仏小学校と統合する市父小学校にいた時の七年目だった。六年目にも、勿論、面接は受けた。まだ祖母が生きていた時だ。ぼくらと一緒に暮らしていた祖母には弟が一人いたが、妻子に死なれ、釧路で一人暮らしをしていた。おいた二人を近づけようと、釧路に異動希望を出したのが六年目だった。希望はかなえられず、ぼくは市父小学校に残ることになった。
 七年目、祖母は寝たきりになっていた。八十七才である。
「七年になりましたね。どうして異動希望を出さないんですか?」
 面接室で、教育局の教職員課長はたずねた。
「はい、祖母が寝たきりになってしまい、体を動かせる状態ではないもんですから、このまま今の学校においていただきたいんですが」
「フーン、だったら、あれですか、来年もおばあさんが死ななかったら、また今の学校に残るつもりなんですか?」
 体が熱くなり、ぼくは爆発した。
「なんですか、あなた、その言い方は! 死ななかったらとは、なんですか! ぼくはですねえ、去年、ちゃんと異動の希望を出したんですよ! 希望を出した時に異動させてくれないで、異動できない状態の時に、来年のことまで持ち出すなんて! しかも、死ななかったらとはなんですか! あなたに人間の血はあるのか!」
「先生、先生、そんなに興奮しないで、静かに話されたらどうです。興奮してしまっては、話合いができなくなってしまうでしょう」と、課長はあく迄も冷静だ。それが民主主義というものか――ぼくの背筋を悪寒が走り、ぼくの口は凍っていた。
 その年、結局、ぼくは異動した。釧路へではない。
 自家用車を持たないぼくのために、職場の同僚は車で送ってくれた。助手席には、陽子と志穂が乗った。シートに立ち上がって窓を叩く志穂の体を支える陽子の気づかいは、赤ん坊の入っている腹への気づかいでもあった。志穂の体が腹の上へ倒れぬように、陽子は四時間にわたって押さえつづけた。あたりまえなら、二時間の道のりだった。あたりまえではなかった。後部座席のぼくの膝を枕にする祖母の顔色を見つめつづけての走行なのだ。青ざめる顔色のために車は何度も止まり、座席の下に忍ばせた便器さえも使わなければならなかった。糞尿の匂(*ママ)をあふれさせ、車は日高山脈のふもとの村に着いた。
 翌年の八月、祖母はそこで死に、九月には祖母の弟が釧路で死んだ……
「遠仏小学校かァ」と、陽子がまた言った。
「仕方ないだろうなあ」と、ぼくはもう弱気である。本人の希望と納得により――そんな確認書の言葉は、所詮、建前なのだ。希望させられ、納得させられ、転任をしていくのである。
「じゃあ、行くか」と、陽子は変り身が早い。重いガラス戸を素早く開け、彼女の体が消えた。二階へ通じる階段を昇る音がリズムを打つ。
「高(たかし)! 高! 引越しだよオ!」と、息子に告げる声がけたたましかった。
「どうしてエ?!」と、二階から聞こえる陽子の言葉が変わった。言い合いをしているようである。再び階段に音がする。一人分の足音が増え、リズムは乱れていた。
 陽子の後から、首一つ高い体を見せて高が居間に入ってきた。眉根を寄せた表情で、彼はひじかけ椅子に体を落とした。
「いやだ」と、高の言葉は一言だが、きびしいものだった。
「いやだって言ったって、どうしようもないじゃないか」と、ぼくの声はよどんでいる。
「いやあ」と、高は相変らずの一言だ。
「転勤しなければならないって、前からしゃべっていたでしょう」と、陽子が言った。
「いやだ」
「高、やめな。パパがかわいそうだよ」と、志穂が言ってくれる。
「いやだ」
 高の連射は止まらない。
「そんならいい、パパは、この家を出て行くから!」
 カーペットを踏みつけ、ぼくは引っかくようにガラス戸を開けた。防寒靴に足を突っ込む。ノブをねじり、外に飛び出すと、靴の下でザラザラと雪が鳴った。自動車のライトが、ぼくをなぎ倒すように通り過ぎる。
「阿呆」とぼくは言った。
 テールランプが踏切の方角へ小さくなっていく。線路に沿った飲み屋の灯が、しみったれた光を空に反射していた。下戸のぼくは、そこへ行くこともできない。
「パパ」と、陽子の声が背中でした。「志穂が心配して、パパを連れておいでだって」
 体中の筋肉がやわらかく伸びていく。顔の筋肉はまだ固かった。
「高はどうした?」
「二階に行っちゃった」
「どうすればいいのかなあ」
「大丈夫、大丈夫、引越ししよう」と、陽子の言葉には不安がなかった。


     二
 食卓の上には、食べ残した海苔巻のパックがいくつも載っている。アルミの底を見せきらずにオードブルの皿が載り、二つに離れた割箸と、茶を残した湯呑茶椀がぐるりと囲んでいた。そのまわりの人達は、もういない。ぼく一人があぐらをかき、煙草の灰を灰皿に落していた。
 陽子はつきっきりで、電気屋に配線の註文をつけている。美牧町からついてきたなじみの電気屋だった。
 雪を踏む音と人声がする。窓に目をやると、高と三人の友達だった。
「どこに行ってきたの?」と、陽子が窓を開けて言った。
「裏山」と、高が答える。
「何かあった?」
「何も」
「あるわけないよね」と陽子が笑った。山菜の芽さえ、まだ雪の下である。
「あなた達、バスの時間、わからないでしょう?」と、陽子は話を変えた。
「わかりません」と、一人が答えた。
「今、帰るから、一緒に乗せていくぞ」と、電気屋が脚立の上から言う。
「あら、じゃあ、そうしてもらうかな。ねえ、みんないいでしょう?」
「はい」
「じゃあ、上がって待ってて」
 足の踏み場を選びながら、高と友達は、ダンボールの積み重なった居間を通り抜ける。
 居間の右側のベニヤの戸を開け、高の体が先に入った。友達が続き、戸はゆさぶられながら閉まった。高に与えられた部屋である。
 美牧町の教員住宅は、居間の他に、二階の二部屋しかなかった。一部屋は夫婦の部屋、もう一部屋が子ども達の部屋だった。ところが今度の教員住宅は、部屋が一つ多かった。二人の子どもに一つずつ与えることができたのだ。
 転任が決まると、遠仏小学校の教頭は教員住宅の見取図をわざわざ送ってくれたが、その日の夕方、陽子ははずんだ声でそれを高に見せたものである。
「高、見てごらん、これが今度の家なんだよ。高の部屋があるんだから」
「どこが高の部屋さ」と、高は鞄を持ったまま見取図に顔を突き出した。
「ここ」と、陽子は指で見取図を叩いた。
「ここが窓で、ここが押入れか。じゃあ、ここに机をおけるね」
「机は、こっちの方がいいんじゃない?」
「そうかなあ。まあ、どっちでもいいけどさ、机は買ってくれるんだべ?」
「買ってやるよオ」と、陽子は歌手のように両手をひろげた。勉強机は、志穂が小学校に入ったとき買っただけである。部屋数の少ない教員住宅では、それ以上の机をおく場所がなかったのだ……
 高の初めての部屋から、ステレオの音が飛んできた。耳を叩き、脳天をえぐる。
「いい音だなあ」と、脚立をかたづけながら電気屋が笑った。
 陽子が入れた茶を電気屋は立ったままで一口飲むと、「兄ちゃん達、帰るゾー!」と大きな声で言った。ステレオの音にはかなわない。
 陽子がベニヤの戸を叩いた。ステレオのボリュームが下がる。
「電気屋さんが帰るって」
 音が止まり、高と友達が出てきた。
 タカユキ君は、小学生のころ、少年野球のピッチャーだった。高はその時のセカンド。中学に行ってからも、二人は野球部に入ってレギュラーをめざしてきた。
 ハジメ君はサッカー部だが、高が美牧町に引越してきた小学二年の時からのつきあいがある。
 転校してきて間もないころ、ハジメ君に誘われてクラスの女の子の家に遊びに行ったら、テレビの上に百円玉が一つ置いてあった。帰る時、ハジメ君はそれをポケットに入れてしまったのだ。
 外へ出たハジメ君は、「ガム、買うべ」と提案したそうだ。
「お金、返すべ」と、殊勝なことに高はハジメ君に言い、彼は思案のあげく従った。
 女の子の家に戻ったら、部屋にいなかったおばさんがいたという。玄関でモジモジする二人に、おばさんは首をかしげた。小さな声で白状したのは高の方だったらしい。
「お金、まちがってとったの」
 高の声に合わせて、ハジメ君は握った手を差し出して、掌を開いたという。
 コージ君も、今、サッカー部だ。高と二人で子犬を拾ってきたのは、小学三年の時だった。教員住宅の物置でひそかに飼おうとした二人なのだが、冷蔵庫からパックごと牛乳を持ち出そうとした高のあやしい振舞でバレてしまった。
「こんな犬なんか捨ててきなさい!」と叱る陽子に、シクシクと高が泣き、コージ君も泣き出してしまった。自転車に乗って捨てに行ったのはぼくだったが、やわらかな毛の感触は、掌にしばらく残って離れなかったものである……
「バイバイ」と、タカユキ君が手を振る。ハジメ君が手を振り、コージ君が手を振る。ボンゴ車の窓の三人の手はすぐに小さくなり、車は林の陰に見えなくなった。
「ママ、志穂の部屋の荷物、なんとかしてよ!」
 かん高い志穂の声が聞こえてくる。トラックを着けた場所に一番近かった彼女の部屋は、荷物を一番多く詰め込まれてしまったのだ。


      三
 蛇口からは何本もの水が並んで落ち、皿やコップが音をたてていた。蛇口の前には新しい同僚達の背中が並び、ぼくの割り込む場所はなかった。
 ぼくの歓迎会の後始末の場所となっている手洗場を抜け出し、ぼくは職員室へ行った。
 ガラス戸の中に灯はない。壁や柱に目を近づけスイッチを探したが、入学式からまだ三日目のぼくには、暗がりの中でスイッチを探すのは難しかった。
 ぼくはあきらめ、ガラス戸を開ける。星の光が机の上にこぼれていた。十一個の机がつまった職員室の中をズリ足で歩くと、波をうった床板が小さくきしんだ。
 窓ぎわの机の一つにたどりつき、腰をかがめる。机の下の鞄と一緒に立ち上がり、ぼくは入口へ戻った。慣れた目が、足の動きを速くする。
 校舎を出ると、桜の枝に星が光のように光っていた。花ではない。星は遠く、この世の幹は黒い影だった。一本、二本と、黒い幹がぼくのかたわらを過ぎ、三本、四本と、ぼくも黒くなっていく。幹の後ろに並んでいる教員住宅の窓の灯は、その背後の山の影に潰されそうな点だった。
 志穂が一人、箸を動かしていた。部活から帰ってきたばかりなのだろう。
「ママは?」と、ぼくは靴をはいたままたずねた。
「物置」
 頬に飯をためて言うと、志穂の箸は皿の上に向かう。
「ねえ」と、ぼくはまた言葉を贈った。箸の動きを止め、志穂はぼくを見る。ぼくは人差指を高の部屋に向けた。
 眉根をくもらせ、志穂はうなずいた。高がそこに閉じこもっているというのだ。
 玄関を出て、ぼくは家の横手にまわった。高の部屋の窓がある。カーテンを透かした光はあるが、音はない。音は窓に向きあった物置の中から聞こえていた。懐中電灯を片手で照らし、もう一つの手で、陽子はダンボールの中を探っていた。
「何してるのさ」
 腰を伸ばして、陽子が振り返った。
「グローブ探してるの」
「グローブ?」
「高が、明日、学校に持っていくって言うもんだから」
「学校に行くつもりなのか?」と、ぼくは声を落して言った。
 始業式に出た次の日、腹が痛いと休んでしまった高である。休んだ次の日は今日だった。
「パパ、今日も高、休むんだって!」
 朝、けたたましい陽子の声で、ぼくは起されてしまったのだ。
「病院へ連れてったら」と、ぼくは布団をかぶったまま言った。
「違うの、いじめなの」
「いじめ?」と、ぼくは布団から首を出した。膝を折った陽子の顔が、ぼくの目の上にあった。ぼくの体が動き、ぼくの膝は、陽子の膝に向き合った。
「始業式の日にね、廊下で友達に通せん坊されたんだって。それでカーッときて高が足払いかけたら、相手が転んでしまったんだって」
「そんなの、いじめじゃないよ。高、たくましいじゃないか」
「それがねえ、倒した相手がクラスのボスだったんだって。他の男の子に、あれと張り合ったら上級生に仕返しされるから気をつけろって言われたらしいの。すごく気にしてるのよ」
「その話、いつ聞いた?」
「今」
「先生に連絡だな」
「もう一日、様子を見るわ。パパからも、高に言い聞かせてよ」
「ああ」と、ぼくはパジャマのまま寝室を出た。居間では志穂が、トーストをむしって口に運んでいる。
「おはよう」と、ぼくの声は小さかった。
「おはよう」と、志穂の声も小さい。
 ベニヤの戸をノックし、「入るぞ」とぼくは言った。返事はない。戸を開けると、ベッドの布団が動き、高は布団の中で背を向けたようだった。
 ベッドの向こうの机の木目があざやかだ。ニスの匂がした。目をそらし、ぼくは言った。
「足払いをかけたんだって? いいじゃないか。その調子で、いやな奴はみんなやっつけ、子分にしちゃえよ」
 すっぽりと体を隠して、布団は動かない。
「高」と、ぼくは布団の上から手をかけてゆさぶった。はじくような体の重みが伝わり、ぼくは手を離した。
「元気だせよ」と、ぼくは元気のない声で言うと居間に出た。
「今日も、おなかが痛いって言うもんですから……」
 電話をかける陽子の声は、不安を吹き飛ばそうとするかのように明るく装われていた。


      四
 言い争う気配が眠りをゆさぶる。気配は音になり、音は言葉のようだった。
「グローブも、昨晩、探してやったんでしょう! 今日こそ学校に行くって、昨日ママと約束したの忘れたの?!」
「行くよ! 美中に行くよ! 三中なんかいやだ!」
「そんなこと、できるわけないでしょう!」
「また美牧に戻ればいいべ!」
「どうして、そんなことできるのよ!」
「できる!」
「どうやって?!」
「美牧に家、借りれ!」
「パパはここの学校の先生なんだから、ここに住まなきゃならないでしょう!」
「パパだけ、ここに住んだらいいべ!」
「どうして、そんなことできるのよ!」
 志穂の部屋から響いてくるドライヤーの音が、効果音のように耳を打つ。掛布団を足ではねのけ、ぼくは布団から飛び出した。半開きの戸を肩で払い、高の部屋にはいると、高は体半分を布団から出し、片肘をついていた。
「わがまま言うな!」
 言葉が噴射し、ぼくは両手を突き出して高の胸倉に飛びかかる。
 ベッドの上から飛びおりた高の右腕が大きな弧を描いてぼくの突進を止めた。激しい音がぼくの左の頬に響き、目がくらむ。後ろへ向かって倒れていく自分の体を起そうとして、ぼくは足をふんばった。ふんばりきれず、二つの足はもつれながらカーペットを踏む。
 尻がカーペットを叩き、背中と頭がカーペットを叩いた。ひっくり返った体から、ぼくの両手は助けを求めるように突き出ていた。
「高、何をするの! あんまりだよ! あやまりなさい!」と、陽子はふるえた声で叫びながら、ぼくに手をのべた。
「なぐらなかったら、おれがなぐられるべ」と、高の声は低かった。
 陽子の手に引かれ、にぶい動きでぼくは立ち上がった。心臓の音が体中に響き、目がかすんでいた。鼓動を押さえるように、ぼくは掌を胸にやり、それから目にやった。眼鏡がない。
 首が痙攣のように動き、ぼくの目はカーペットの上を探した。つるを上に突き出して、眼鏡がかすんでいる。ひっくり返ったぼくの姿のように眼鏡はぶざまだった。
 あわてて拾い上げ、ぼくは顔の上にそれを戻した。目に焦点は戻ったが、心はまだかすんでいる。肩を落し、ぼくは高の部屋を出た。
 窓の外で、バス停へ向かう志穂の制服が小さくなっていく。ぼくも朝食をとり、勤めに出なければならないのだ。だが、ソファーに沈んだぼくの体は、石のように固かった。
 皿に載せたトーストを、陽子が食卓においた。パックの牛乳をカップに注ぐ、ぼくは牛乳を一気に飲み、濡れた唇を手でふいた。
「家、借りれーッ!」と、高の声が響いてくる。ステレオにつないだマイクを通して、声にはエコーがかかっていた。
 陽子が、ぼくの上着やズボンを抱えてきた。
「学校に行かなくちゃ」と、陽子は、ぼくの膝の上に活を入れるようにおいた。ぼくは胸に手をやり、パジャマのホックをはずしはじめた。
「パン、食べていきなさい」
 鞄を持ったぼくに陽子が言った。トーストは元の形のまま皿に載っている。
「時間がない」
 言い捨てると、ぼくは玄関に出るガラス戸に手をやった。


 給食の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。椅子を載せた机を、子ども達は教室の後ろに下げはじめる。十五分間の掃除の後には、二十分の休み時間がある。ぼくは掃除を子ども達にまかせて、外へ出た。
 家へ近づくと、流しの窓に陽子の姿が見える。風呂場の戸を開け、ぼくは流しに入った。
「高、どうした?」
「部屋にいるわよ」と、陽子は皿の音をたてながら言った。
「どうする?」
「そうねえ……」
「美中に戻してもらうか?」
「もらえるの?」
「あっちに家を借りたらいいんだろう?」
「それは駄目。パパが通勤するんじゃ、パパに負担がかかるし、ここで一人暮らしするのも、パパに負担がかかるでしょう?」
「でも、仕方ないだろう」
「そんなことしたら、父兄の評判も悪くなるわよ。いいから、明日、三中に行ってくるわ。ここから高が美中に通学するようにできないか、校長先生に相談してみるから」
「うん、そうしてみるかな」
 ひとまず出た結論に心がほぐれ、ぼくは陽子のお尻をさすった。
「駄目」と、彼女は濡れた手で、ぼくの手をはたいた。
「アイシテルヨ」
「学校をサボッテきて、そんなこと言ってられないでしょう。もう行きなさい」と、陽子はにらんだ。
 外へ出ると、風が頬をなでた。束の間のほぐれた心は、綿毛のように飛び去っていく。自分が教員であることがうらめしかった。もし教員でなかったら、三中にも出かけて行けるだろう。一人の親として、堂々と話合うこともできるはずだ。しかし、ぼくは、教育の専門職にたずさわる教員の一人である。多くの子どもを預かる自分が息子一人に振りまわされているとは、何とだらしなく、外聞の悪いことなのだろう。しかし、そもそも、教育とは何なのだ?
 もう長い間、ぼくは教育について問うことを止めてきた。頭がこわれるに決まっているからだ。こわれもせずに生きている三中の校長が、どんな応対をするのか、ぼくにはほとんど予想できた。
 背を丸め、ぼくは校舎へ戻って行った。机を元の場所に運んでいる子ども達の姿が窓から見える。ぼくを見つけた男の子が一人、Vサインを作っている。緩慢に上げたぼくの右手が、ふと強く振られた。男の子は、牧夫の子だった。牧場は美牧町にある。だが、下方町の、この遠仏小学校が近いという理由で、彼は区域外就学を許されているのだ。
 校舎に入ると、ぼくは教室には戻らず、職員室の戸を開けた。隅の机に事務官だけが一人いて、煙草を吸っている。かたわらにある書棚の前にぼくは行った。法令や文書の綴りがぎっしりと並んでいる。背中の文字を見て綴りを選び、ぼくは目次をめくった。
「何を調べているんですか?」と、事務官が声をかけた
「いや、ちょっと」と、ぼくは言葉を濁しながらページをめくった。学校教育法施行令だ。

第九条 児童生徒等のうち盲者、聾者、精神薄弱者、肢体不自由者及び病弱者以外の者をその住所の存する市町村の設置する小学校又は中学校以外の小学校又は中学校に就学させようとする場合には、その保護者は、就学させようとする小学校又は中学校が他の市町村の設置するものであるときは当該市町村の教育委員会の、その他のものであるときは当該小学校又は中学校における就学を承諾する権限を有する者の承諾を証する書面を添え、その旨をその児童生徒等の住所の存する市町村の教育委員会に届け出なければならない。
2 市町村の教育委員会は、前項の承諾を与えようとする場合には、あらかじめ、児童生徒等の住所の存する市町村の教育委員会に協議するものとする。



      5
「高、御飯だよ!」
 陽子が叫ぶと、戸が開く音がした。卓球部の活動がある志穂は、七時を過ぎなければ帰ってこない。一時間ほど早く、彼女を抜かした夕食がはじまるのだ。食卓につく高の気配を感じながら、ぼくは、飯と、おかずと、テレビだけに目をやり、箸を使っていた。
「高、ママね、今日、三中に行ってきたの。美中に戻して下さいって、お願いしに行ったの」
 陽子の声がする。無表情に、ぼくは飯を口に入れた。
「そしたらね、校長先生に怒られちゃった。駄目だって。いじめのことはね、もう、そんなことがないように注意してくれるって言うから、明日から元気を出して三中に行きなさい。わかった?」
 味噌汁をすする音がした。飯を載せる舌の音、沢庵を噛む歯の音――高はひたすらに食べている。
 子どもの言いなりになっては、将来のためになりませんよ。あまやかしては駄目なんです――校長は、そうも言ったという。
 あまやかした父母なのかもしれない。あまやかされた息子なのかもしれない。その息子が食べている。言葉のように音をたて、存在の証のように黙々と食べている。
 ぼくは沢庵に箸をやった。入れ歯になってから、固いものを避けるようになったぼくである。久しぶりの沢庵だった。糠と塩の味が舌を染めていく。
「パパ、何か言ってよ」と、陽子の声がする。
 顎を動かし、ぼくは沢庵を噛み続けた。高の噛む沢庵の音に、ぼくは合唱のように音を重ねていた。父を知らないぼくの無器用(*ママ)な行為である。
 
 
 忌中のすだれや弔いの行列に出会った時、両手で拳骨を作るのが、そのころの東京の子ども達のならわしだった。喧嘩をしようというのではない。喧嘩の拳骨は親指を勇ましそうに剥き出すが、葬式の拳骨は親指を他の四本の中にもぐり込ませてしまうのである。そんなふうに親指を隠さなければ、オトウチャンもオカアチャンも死んでしまうのだという。
「お葬式だ。親指かくそう」
 息を殺して友達が言う時、ぼくはいつもとまどったものである。親指二つを隠すべきか、それとも一つを隠すべきか。右の親指が母なのか。左の親指がそうなのか。ぼくはとまどい、いつもあいまいに指を隠した。
 隠す親指の心配をしなくてもよくなったのは、ぼくが国民学校二年生の時である。二十九才で母が死んだのだ。
 母が死んで間もなくのころ、父母の名前を学校で書かされたことがある。教師にそのことを予告されたぼくは、家に帰ると、早速、祖父にたずねたのだ。
「ぼくのお父ちゃん、何ていう名前だったの?」
「名前? 聞いてどうする?」
 祖父は、ぼくには顔も向けず、読書にふけっていた。机に向かって正座する祖父の膝は、すり減った着物の部分を固く突き出している。
「先生が言ったんだと」と、ぼくは小さな声で言った。
「先生が?」
「名前を書いて教室に飾るんだって」
「飾ってどうするんだ?」
「毎朝、それに約束するんだって」
「何を?」
「一生懸命、勉強するって」
「そんなこと、しなくてもいいんだ」
 祖父の目は、机の上に開かれたページの上からそれなかった。にべもない祖父の態度に口をふさがれ、ぼくの爪は、くたびれた畳をむしっていた。
「坊や、お母さんの名前だけ書きなさい。お父さんは書かなくていいんだから。ね、それでいいんだよ。さあ、お小遣いあげるから、何か買っておいで」
 裁縫の手をおいて、祖母はふところから取り出した財布の口金をひねった。浮かぬ顔つきで五銭玉をにぎると、ぼくは不貞腐れた下駄の音をたたきに残して外へ出た。
 井戸端のあたりで、近所の友達がニッキをしゃぶっている。ぼくはたちまち、掌の中の五銭玉の重みを感じ駄菓子屋へ走った。
 翌日、教師の予告は実行された。出席簿順に書いていく自分の番を待ちながら、みんなは輪になって、友達が書いていく両親の名を読み合った。とうとうぼくの番がくる。ぼくはためらいがちに筆を持った、視線の集まる筆は重く、ぼくの手は動かなかった。
 ぼくは鉛筆描きの枠をにらんだ。あてがわれた二段の枠の上段を外し、ぼくの筆は美濃紙の上におろされた。
「あれっ?」
「お母さんを先に書くの?」
「先生、お父さんから書くんでしょう?」
 言葉がぼくを取り巻いた。ぼくは唇を噛みながら母の四迷を書き終えると、そっと筆をおいた。
「毛利君、お父さんは?」と、教師がぼくをうながした。
「書かなくってもいいって……」と、ぼくはうつむきながら言った。
「え?」
「書かなくてもいいって、おばあちゃんが……」
 何かを思い出したように、教師はあわてて何度もうなずき、次の順番を指名した。
「先生、どうして毛利君、お父さんを書かないんですか?」
「毛利君、どうして書かないんだい?」
「毛利君、テテナシゴじゃないのかい?」
「こらっ、余計なこと言うな!」と、教師は血相を変えて呶鳴りつけた。
 テテナシゴ――それは初めて聞く言葉であったが、その奇妙な語感に、ぼくの心は歪んでいった。
 一枚の額に入った父母達の名前は、教室の正面、宮城の写真から離れて飾られ、朝、ぼくたちは、天皇への忠誠を誓う『海ゆかば』の斉唱の後で、父母への誓いを述べるようになった。
「お父さん! お母さん! 今日一日! 真剣に勉強します!」
 教室の後ろに近いぼくの座席からは、額の中の文字の画を見分けることはできなかった。しかし、一滴の墨の跡もないぼくの父の欄は、せめぎあった文字の合間からはっきりと見えた。ぼくは顔をうつむけ、小さな声で誓いの言葉をつぶやくのであった……
 
 
 やたらに沢庵を食べてしまったぼくの舌は、水が欲しくなっていた。蛇口をひねってコップに三杯目の水を受けていると、「パパ、おなかこわすわよ。いい加減にしなさい!」と、陽子が居間から言葉を投げた。
 言われる迄もなく、胃袋はもう張りつめている。一口含んで水を噴き出し、ぼくはコップを逆さにした。
「クェ〜〜ン」という音がして、ぼくはステンレスの流しの表面を見つめた。音は金属のようにふるえている。しかし、ステンレスは少しもふるえず、こぼした水を流していた。
 ぼくは蛇口をひねり、コップに水を満たすと、もう一度コップを逆さにした。水がステンレスを打ち、真中(ママ)の穴に吸い込まれていく。音は、まったくの別物である。
「クェ〜〜ン」と、また音がする。
「何だ、あれ?」と言いながら、ぼくは居間へ行った。
 石油ストーブに近づいて、炎をのぞき込む。炎は、炎の音だった。
「クェ〜〜ン」と、また音だ。
「何だ、あれ?」と良いながら、高が自分の部屋から出てきた。
「あっ、あそこに!」と、窓に近づいた陽子がガラスを叩いて言った。ぼくも高も大股になって窓に近づく。三人の首が並び、体がふれ合った。
 もう暗くなったグランドの隅、十メートルほどの目の先を歩いている二匹の生き物の毛の色が淡く見えた。太く大きなしっぽが地べたを掃くようにたれている。
「きつねだ!」と、三人は同時に叫んだ。
「行こう!」とぼくが言い、「うん」と高が答えた。
 靴を突っかけ、外へ飛び出す。陽子も後を追ってくる。
 足音を聞きつけ、二匹は飛ぶように走り出した。一匹は姿が小さい。
 グランドに沿った道の上で三人は足を止め、二匹が走り去った方角をうかがった。枯れたすすきの間に、四つの目が光っている。
「ワー、目が光ってる! マンガと同じだァ!」
 陽子がはしゃいで、ぼくの肩を揺さぶった。
「おれ、はじめてきつね見た」と高が言う。
「パパもはじめてだ」と言いながら、ぼくは四つの目を見つめていた。ゆれ動き、すすきの繁みに目は消えていく。
「親子だったな」とぼくは言った。
「あっ、バスが来た!」と、陽子の言葉はきつねからそれる。カラマツの木立の間に見え隠れしながら、小さな光が移動していた。志穂を迎えに夜道を出かけるのは、陽子の仕事なのだ。
「ぼくが行くよ」
「パパが?」
「いいじゃないか、親子だもの」
 腕を振り、ぼくは走り出した。雪はとけたが、まだ乾ききらない土の道はやわらかく、ぼくの足はあぶなかった。
 グランドに沿い、校門を出ると、カラマツの林を割って道は色を変えている。下り坂の舗装道路を、ぼくは小気味よく飛ばした。
 林を抜けると坂は終わり、数百メートルの長い道が一直線にバスの道路へ伸びている。耕耘機で起された田圃の土が左右に広がり、代かきを待っていた。見通しをさまたげるものは、もうない。まぶしくなってくるバスの光を目で追いながら、ぼくは走り続けた。足がもつれ、息が苦しい。
 停留所の標識が光を浴びて目に映る。バスは目の前で止まり、ぼくは胸を押さえていた。
 人が一人、おりてくる。光が去り、人の影が濃くなった。首を突き出し、ぼくは影を確かめた。学生鞄が手にゆれている。コートの襟から出ている顔は、志穂のようである。
「志穂」
「ママは?」
「家にいるよ」
「ふうん」
「今ね、きつねを見たんだよ。ママと、高とさ、家の前でね、二匹いてさ、親子ぎつねだったんだよ」
「ふうん」
「きつねの鳴き声ってさ、コンコンじゃなかったさ」
「ふうん」
 鳴き声を真似てみせようかと思ってもみたが、志穂の反応はぼくをしぼませる。
 二人の足音だけが響いた。
「高、今日も行かなかったの?」と志穂が言った。
「うん」と、いやな話題に、ぼくはすっかりしぼむ。
「高をいじめたの。小山内っていったもんね?」と、彼女は話題を深めようとする。
「そうだったかな」
「そうだよ。今日さ、クラスの人に、小山内のこと聞いてみたんだ」
「ふうん」
「その人、三中の女番長だったんだって。だから、小山内のこと知ってるかと思って聞いてみたんだ」
「知ってたのか?」
「うん、でも、小山内が三中に入学した時に卒業してしまったから、そんなには知らないんだって」
「そうかァ」
「志穂はどうして知ってるのって聞くから、高のこと話したんだ」
「何て言った?」
「三中の生徒にはまだニラミが効くから心配するなって」
「ニラミ効かせてって頼んだのか?」
「ううん、もう大丈夫だからって、ことわったさ」
「そうか」
「さわぎが大きくなると、困るでしょ?」
「そうだな」
 道は上り坂になっていた。坂の上の山の影が大きくなっていく。山の下腹にへばりつく教員住宅の灯は、きつねの目のようだった。
 玄関のガラス越しに、ソファーに座っている陽子と高の姿が見えた。
「おなか、へったァ」と志穂が入る。
「お帰りなさい」と陽子が答え、高に言った。
「お汁あっためるから、一寸、待っててね」
 陽子は持っていた高の制服をソファーにおき、台所に行った。
 高の左右の手には、金色のバッジのようなものが、それぞれ一つずつ見えている。指につまんでいたそれを高は左の掌の中におさめ、右手でソファーの上の制服を取った。襟の部分を膝の上におき、左の掌を開く。右の指で掌の中のものをつまみ、襟の上においていた。
 カーペットの上であぐらをかき、ぼくは煙草を吸いながら横目を使った。一つは『U』、一つは『B』という文字の形をしている。
 高は右手をまたソファーの上にやった。今度は錐をにぎっている。『U』のバッジを左の指でつまみ、ソファーのひじかけにおくと、バッジを取った襟の部分に錐をあてた。『B』のバッジが襟から滑り落ちる。
 煙草を口にくわえ、ぼくは高の足元に落ちたバッジに手をのべた。顔を上げると、目が合った。
「これ、三中のか?」と、ぼくはバッジをつまみ上げて言った。
「うん」
「美中のはどうした?」
「美中は、こんなのつけなかったもん」
「ああ、それで穴があいてないのか」
「うん」と、高は錐を襟に当てながら答えた。
「そこでいいべ」と、ぼくは高をうながす。左の掌を襟の裏側に当て、高は右手の錐に力を入れた。唇が結ばれ、眉毛がはね上がる。
 
 
      六
 朝日を浴びたカラマツの長い影がグランドを染めている。
「とうとう行ったか」
「これで今晩からぐっすり眠れるわ」
「乾杯だよ」と、ぼくは牛乳の入ったカップを持つ。陽子も持った。
「乾杯!」と、二人の声とカップの音が響き合った時、グランド沿いの道を駈け戻ってくる制服が窓から見えた。
「高だ!」と、ぼくは立ち上がる。陽子はもう玄関に飛び出していた。
「どうしたの?!」
 玄関をふさぐ陽子の体を払いのけ、高は靴を脱ぎ飛ばすと風のように居間を横切り、便所へ向かった。後を追うもう一つの風は陽子だった。
「どうしたの?!」と、彼女の声が便所の廊下から聞こえてくる。激しい嘔吐の音がした。ぼくは廊下に行った。
「開けなさい! 開けなさい!」
 便所の戸を拳で叩き、陽子が叫んでいる。
「いいから、こっちに来てろよ」とぼくは行った。陽子の顔がこちらを向く。ぼくの強い手招きに彼女の体が動き、二人は居間へ戻った。
「今日も駄目だ」と、ぼくは小さな声で言った。
 陽子は電話のダイヤルをまわした。担任の電話番号を、もう暗記してしまった彼女である。
 
 
♪ぼくらはみんな いきている
 いきているから うたうんだ
 ぼくらはみんな いきている
 いきているから かなしいんだ……
 朝の会のはじまりである。オルガンに合わせて、十八人の子ども達が歌っていた。二年生の教室である。オルガンを弾くぼくの指には勢いがなく、子ども達の声もそれに見合っていた。
 突つき合いをしている子どもが二人いる。みんなの目は二人に奪われ、口は義理で動くだけだ。
 歌は二番に入っていく。二人に奪われてしまったみんなの気をひきつけようと、別の子どもの声が一つ、歌の中から飛び出るように聞こえた。
♪ぼくらはみんな しんでいる
 しんでいるから わらうんだ……
 突つき合いが止まった。みんなの目が二人から離れる。目は生き生きとなり、みんなの体がリズムを取る。唄声は艶をおび、急に高まった。
♪ぼくらはみんな しんでいる
 しんでいるから うれしいんだ……
 ぼくの指の動きが止まった。二十余年の教師生活が作り上げた反応である。
「こらっ、誰だ! はじめにやったのは、誰だ!」
 男の子が一人、みんなの目を受けて体を固くしている。長いまつ毛がうつむいていた。二本の太い眉毛は、かばうように寄り合っている。
 ヤッチの表情をぼくは思い出した。今、ぼくの目の前に立っている男の子も、ヤッチと同じように、この北海道がアイヌ・モシリと呼ばれていたころ、アイヌ語によって暮らしていた人達の血を受け継いでいる子どもである。
 ぼくは教室を見まわした。あの子もそうだ。そしてあの子も――十八人の子ども達の中で、五人の子ども達が、この土地との古いつながりを持って生まれてきているのだ。
 男の子の頭の上に、ぼくは右の手をのばした。まつ毛が上を向き、まつ毛の間から、ぼくの手の動きをのぞく二つの目がある。
 掌で、ぼくは男の子の頭をなでた。男の子の肩がほぐれ、目が笑った。
「さあ、はじめから、ちゃんと歌うぞ」
 
 
 ヤッチとの出会いは、教員になって最初の学校、市父小学校でのことだった。初めての勤務の日、ストーブのまわりの教師達の雑談をわずらわしく思いながら、職員室のあてがわれた席で、ぼくは着任式での挨拶の言葉を考えていた。
「ヤッチじゃないか?」
 一人の声が雑談をさえぎった。みんなの目は、職員室の入り口を向いた。一人の男の子が母親と一緒に入ってきたのだ。
 母親一人がおずおずと近づいてくる。うやうやしく頭を下げる彼女に向かって、声をかけたのは校長だった。
「おう、どうしたい?」
「はい、また、こっちの方サ来ました」
「ほう」
「これ、向こうの学校でよこしたんですけど……」
 母親はそう言いながら、荒れた手に御生(*ママ)大事に握っていたハトロン封筒を差し出した。
「安男、何年生になったっけ?」
 たずねながら、校長が封を切った。
「五年生になりました」と、母親は答える。
「毛利先生、先生の組だよ」
 ストーブのまわりから、含みのある笑いを見せながら一人が言った。
「毛利です。よろしくお願いします」
 ぼくは母親へ近づくと頭を下げた。彼女が挨拶を返す。油気のない髪が、ぼくの目の前でゆれた。
「保護者はカアさんになってるけど、オヤジさんとは別れたのかい?」
 封筒の中の書類を開いて、校長が言った。
「死にました」
 ストーブのまわりが、かすかにざわめいた。
「事故かい?」と一人がたずねる。
「いいえ」
「飲みすぎかい?」と別の声がたずねた。
「……」
 母親は、答える代わりにうつむいた。
「安男、悪いことして、母さんに心配かけるな。父さんも天国で泣くからな」
 職員室の入り口にたたずんでいる子どもに、校長は大きな声で言った。子どもの表情は動かない。口を開け、たるんだ視線で彼は窓の外を眺めていた。
 苦笑を見せながら校長は言った。
「毛利先生はまだ着任式をすませてないから、誰か代わりにヤッチを教室につれてってくれないか」
「はいはい、じゃあ、ぼくが」
 ストーブのまわりから一人が脱け出ると、ヤッチの肩を叩いて言った。
「おい、ついてこい」
 二人が出て行くと、母親は、ぼくに頭を下げながら言った。
「わたしはこれで帰りますので、どうかよろしくお願いします。ほんとに、よろしくお願いします」
 職員室から母親も出て行く。
「ヤッチには苦労するぞ。覚悟しておいた方がいいよ」
 一人の低い声がした。
「あんまりおどかさない方がいいよ」と、別の声がする。
「知っておいた方がいいんだ。アイヌの子どもには苦労するってことをな」
「アイヌ?」と、ぼくは思わず言った。
 
 
 宿直室の窓をふさぐように、裏山の影がそびえている。その裏山は台地となり、官営の種畜牧場がはてしなく広がっているのだ。
 昼間、ぼくはそこを歩いたばかりである。家庭訪問のためだった。牧草地のはてには官舎が並び、牛舎の屋根はあざやかに彩られていた。しかし、そこは今、アイヌの土地ではなく、アイヌの村でもないのだ。
 山の斜面は北へ向かって続いている。北から流れる染退(しべちゃり)川の源に向かいながら、山は次第にその川へ近づき、平地はせばめられていた。山の斜面が川と出会い、石ころだらけの道が急な斜面に変わっていくそんなあたりに、ヤッチの住むアイヌの村はあったのだ。
 ぼくは畳の上に投げ出されていた作文のたばを手に取った。ついさっき、赤ペンを入れ終えたものである。
 原稿用紙の初め(*ママ)の一枚をぼくは見つめた。力の抜けた薄い鉛筆の文字が『和田安男』と書かれてある。画は不器用(*ママ)にまじわりあい、文字はひどくつたなかった。書いてあるのは、それだけである。
 その日、爪を噛み、ぼんやりと窓の外を眺めているヤッチに、ぼくは言ったのだ。ぼくにとって、はじめての作文の時間であった。
「死んだお父さんのことを書いてみな。お父さんのことを先生に教えてくれよ。先生もな、お父さんがいないんだよ。子どもの時から」
 首を肩に埋め、ヤッチは体を固くした。石のようにこわばった肩の上で、ヤッチの表情は動かなかった。
 ベルが鳴り、ぼくは作文のたばを職員室に持って行った。
「ああ、ヤッチか。あいつは名前しか書けないんだ。でも、この名前、漢字で書いてるなあ。前は、確か、ひらがなだったけど、こりゃあ進歩だよ」
 一年前、ヤッチが隣町に引越をしていく時に担任だったという教師は、ぼくの見せた作文を手にして言った。
 はじまりのベルが鳴る。ぼくは教室へ戻った。はしゃぎ声が廊下に響いてくる。ぼくの教室からのものだった。
 戸を開けると、教室の後ろから子ども達が散らばり、椅子の音があちこちで響いた。みんなの去った教室の後ろで、大の字になって倒れているのはヤッチである。
「どうした?」と、ぼくはヤッチの顔をのぞき込んだ。石の表情の真中で、濡れているのは目であった。
「お前か、泣かしたのは?」と、ぼくは逃げて行った一人の子どもの襟首をつかんだ。
「ぼくだけじゃないよ」
「泣かせた者は立て」
 視線をかわしあいながら、数人の子どもが立った。
「どうして泣かせたんだ?」
「すぐに泣くんだもの」と一つの声がした。「なぜ泣いたんだ?」
「こちょばしただけだよ」
「なぜこちょばしたんだ?」
「……」
 声はなかった。
「弱い者いじめは止めろ!」と、ぼくは大きな声で叫んだ。
 
 
 放課後、ぼくは、ヤッチのために読み書きの特訓をはじめた。ノートの上に、例えば単純な線で家の絵を描く。
「これ、何だ?」と、問いかけるぼく。上目づかいでぼくを見ると、ヤッチの視線はノートにいく。唇がかすかにゆれる。
「え? 何? もう一回」と、ぼくはヤッチをうながす。ヤッチの唇がまたゆれる。ぼくは耳を近づける。
「い、え」
 内にこもったヤッチの声を、ぼくの耳はようやく聞きとる。
「そうだ、家だ。さあ、『いえ』って書いてみな」
 ヤッチは爪を噛んでいる。
「ほら、鉛筆を持って」
 ぼくは、ヤッチの手に鉛筆を押しつける。ヤッチの指は力なくそれを握る。
「『いえ』だよ。きのう教えたろう」と言いながら、ぼくはヤッチのノートを前にめくる。『あいうえお』の五つの文字が、罫をはみ出て何度も書かれてある。
「ほら、これを読んでみな」と、ぼくは『あ』に指をやる。ヤッチは口を開く。
「もっと大きな声で」
「あ」と、ぼくの耳は、ヤッチの声をようやく聞きとる。ぼくは指を動かす。
「い、う、え、お」
 指の動きにしたがって、ヤッチはどうやら文字を読みとる。
「そうだ、そうだ。読めるじゃないか。この中の文字を使えば、『いえ』って書けるんだぞ。『いえ、いえ』だぞ。『いえ』って言ってみな」
「いえ」と、ヤッチの声は相変らずの低さである。
「そうだ。『い』と『え』なんだ。ほら、『い』はどれだ? 指をやってみな」
 ヤッチはまた爪を噛む。ぼくはヤッチの手を取る。
「『あ』はどれだ?」
 ヤッチの指は、おそるおそるはじめの文字を指している。
「そうそう、それが『あ』だ。じゃあ、『い』はどれだ?」
 指は『あ』の上に浮いたまま。
「あ、い、う、え、お、だろう。『あ』の次は?」
「い」
「そう、だから『い』はどれ?」
「……」
「これこれ」と、ぼくはたまりかねてヤッチの指をつかむと、ノートの文字を叩かせる……
 
 
 夏休みが過ぎ、冬休みが過ぎ、そして三学期が終わろうとするころ、ヤッチはようやくわ行にたどりついた。たどりついたからといって、みんなと一緒に五年生の勉強ができるようになったわけではない。教科書に散りばめられたおびただしい漢字の数を考えても、ヤッチの遅れは友達とへだたりすぎていた。
 そんなヤッチのために、ぼくは学校の図書室から一つの物語を選んだ。オセーエワというソビエトの女流児童文学者が書いたものである。
 
   だからわるい
 一ぴきの犬が、体をまえにかがめて、はげしくほえたてています。そのすぐはなさきに、かきねにぴたりと体をよせて、一ぴきの小ねこが、毛をさかだててふるえています。かーっと口をあけ、ニャーオ、ニャーオとないています。すぐそばに、ふたりの男の子がたって、どうなることかとみていました。
 まどから、それをのぞいていた女の人が、とぶようにして、かいだんからかけおりてきました。女の人は、犬をおっぱらうと、男の子たちをしかりつけました。
「あんたたち、はずかしくないの!」
「どうして、はずかしいの? ぼくたち、なにもしていないよ!」
 男の子たちは、びっくりしたように、いいました。
「だから、わるいのですよ!」
 女の人は、まっかにおこっていいました。
 
 西郷竹彦氏の訳した短いその物語には、漢字もあり、カタカナもあったが、ぼくはそれらを全部ひらかなに変え、更紙に印刷した。
 三月だった。国語の時間、ぼくはそれを子ども達に配った。紙の音がする。
「ヤッチ、君、読んでみな」と、祈りを込めて、ぼくは真っ先に彼へ当てた。
 教室中の紙の音が、急に消えた。ヤッチの椅子だけが音をたてる。背中を丸めて彼は立ち上がった。
「だ、か、ら、わ、る、い」
 かすかな声である。いつもの教室なら、それを聞きとることはできなかったろう。ひそかなおしゃべり。鉛筆をもてあそぶ音。授業から外れた子ども達の物音で、教室はたえず濁っているのだった。しかし、その時、教室は澄みきっていた。子ども達は耳だけとなり、ヤッチの声を聞きとり続けたのだ。
「い、つ、ぴ、き、の、い、ぬ、が……」
 たどたどしい声が続いていく。うまく読めない友達がいれば、たちまち文字から目を離して、おおっぴらにおしゃべりをはじめる子ども達のはずであった。ぼく自身でさえ、過ぎていく授業時間が気にかかり、込み上げてくるいらだたしさを押さえつけねばならないはずであった。しかし、その時、ぼくは時間を忘れていた。
「ま、つ、か、に、お、こ、つ、て、い、い、ま、し、た」
 最後の文字をヤッチが読みきった時、子ども達の拍手が一斉に轟いた。
 
 
   せんせのこととぼくのこと
          和 田 安 男
ぼくこの二ねんかんせんせとべんきょうしてきたいまれももとせんせとべんきょうしたいぼくわとうさんがいなくてもさぬしのなかわすれてしまたせんせもとうさんがいないでしょせんせわもさぬしくわないでしょでもぼくわたまにとうさんのことおおもいだすとなみだがでるとうさんとやまさいたのおもいだすあのやまさいたときしばきりやたときこうさぎがいたぼくわおうかけたとうさんわおうかけたぼくわつかんでりくのなかえいでたせんせがもしかしこししたらかんじかかないでてまぎおくてわせんせがとうさんのことおかけてゆたでもぼくわしらがなわからんかたぼくわあのときどやてかいたらいのかわからかた
 
 ヤッチが小学校を卒業した春、ぼくは結婚した。初夏のある日、種畜牧場のある高台へ陽子と散歩に行ったことがある。広々とした牧草地には、チモシーが光を浴びて緑色に輝いていた。頬をなでる風の速さに合わせながら、チモシーの海は、波を小さく打ち続けている。潮騒のように心地よい草の音の中に、ぼくは、いつかの国語の時間の拍手の音を遠く思い出していた。
 
   先生のこととぼくのこと
          和 田 安 男
 ぼくはこの二年間、先生と勉強してきた。今でも、もっと先生と勉強したい。ぼくは父さんがいなくても、さみしいのなんかは忘れてしまった。先生も父さんがいないでしょう。先生は、もうさみしくはないでしょう。でも、ぼくはたまに父さんのことを思い出すとなみだが出る。父さんと山に行ったのを思い出す。あの山へ行った時、芝切りをやった時、子うさぎがいた。ぼくは追いかけた。父さんも追いかけた。ぼくはつかんでリュックの中へ入れた。先生がもしかひっこししたら、漢字を書かないで手紙送ってね。先生が父さんのことを書けって言った。でも、ぼくはひらがながわからんかった。ぼくは、あの時、どうやって書いたらいいのかわからんかった。
 
 卒業が近くなった三月のある日、ぼくは子ども達に、ぼくの思い出を書いてもらったのだ。ヤッチの作文を書き直すと、こんなふうになる。
 舌足らずの日本語の中にある父への思い――はじめて作文を書かせた時、書けないヤッチの心の中にある父への思いを、ぼくは何一つ察することができなかった。ぼくは文字を通してしか、ヤッチの心を知ることができなかったのだ。かつてアイヌの持たなかった文字、かつてアイヌの持たなかった日本語を押しつけることによって、ぼくはようやくヤッチの心にふれたのだ。
 チモシーも、アイヌの持たなかった言葉である。酪農の技術と共に、遠いヨーロッパからそれは運ばれ、北海道の台地に根を下ろした。うさぎが走り、鹿が走る、森や林は根こそぎにされ、チモシーは育ったのだ。
 ぼくは、まぶたの中に一匹の野うさぎを走らせていた。追いかけるのはヤッチであった。おどおどと文字を学ばせられるあの姿とはうって変わり、ヤッチは輝き、ヤッチは燃えていた。ひげづらの一人の男が叫んでいる。息子をけしかけ、息子の方向をあやつりながら、男はうさぎを次第に追いつめていくのだ。
 やわらかな野うさぎの思い出を息子の心に残して死んでいった男の人生を、ぼくは噛みしめていた……
「おいで、とっても気持ちがいいから」
 陽子がぼくを呼ぶ。かがんだ彼女の掌をくすぐって、緑のチモシーがゆれている。過去は根こそぎになり、ぼくもチモシーになるのだろうか……
 
 
      七
 太陽は真上にあった。雪どけの水を吸いこんだグランドからは、水蒸気が躍るように立ち昇っている。季節は移っているのに、ぼくの心には雪の重さがずしりと載っていた。
 遊び場のまばらな緑の上に、ランドセルが散らばっている。ゆれているのはブランコだ。
「センセー! サヨーナラー!」
 ブランコの鎖から離した片手を子ども達が振る。ぼくは黙って手を振った。黙っていたのは心の重さのためであり、手を振ったのは土曜日という解放感のためだった。
 今夜はぐっすり眠れるなと、ぼくは思った。高がはたして明日、学校に行くのかどうか、そんな心配をしなくてもすむのがありがたかった。明日は登校拒否が続いてから初めての日曜日――学校に行ってはならない日なのである。
 足どりが軽くなっていた。
「ただいま」と、声も出る。
「お帰りなさい」と、台所から陽子の声がした。
 食卓の上に薬袋が載っている。手に取って、ぼくは台所に行った。
 薬袋には、『岡本病院』という名前が刷り込んである。院長は、結婚前の陽子が勤めていた下方幼稚園の園医であり、陽子にとってはなじみの医者であった。
「行ってきたのか?」
「うん」と、豆腐を切りながら陽子は答えた。
「何て言った?」
「精神的なものからきた胃炎だって」
「やっぱりな」
「一応、胃薬を出してくれたけど、美中に戻した方がいいんじゃないかって言ってくれたわ。診断書を書いてあげてもいいって」
 グランド沿いに車がゆっくり走ってくる。道の行き止まりに車が止まり、運転席から人がおりた。
「あら、久保寺先生だわ」と、陽子がエプロンを外しはじめる。
 ぼくは外に出た。ぼくの姿を見つけ、久保寺先生は遠くから頭を下げた。三中の担任である。ぼくには初めての顔だった。
 こちらに向かって歩いてくる久保寺先生に、ぼくも近づきながら出迎えた。
「どうも御苦労様です。毛利です」
「久保寺です」と、彼は、ほほえみながら言った。額は禿げあがっているが、髪は黒かった。
「どうも、息子のことで御迷惑をおかけ致しまして」と、ぼくは肩を並べて歩きながら言った。
「今朝も奥さんからお電話いただきましたが、体の調子が悪いようですね」
「ええ、今日、医者に行ってきました」
「そうですか」
 二人の言葉は、そこで止まった。家に上がってもらい、じっくりと相談をしようと、ぼくは言葉を溜めながら歩いていた。
 玄関の前に二人は来た。
「汚いとこですが、一寸、休んでいって下さい」
「いえ、今日は上がらないで失礼します。高君の顔だけ見せて下さい」
「高、先生がいらしたよ」と、ぼくは大きな声を出しながら、サンダルを脱ぎ、居間へ上がった。
 半開きの戸を体で押して、高が部屋から出てくる。後から出てくる陽子の手は、高の腰を押していた。
「高君、大丈夫かい?」と、久保寺先生は、たたきに立って声をかける。高は黙って首を下げた。下げた首は上がらない。
「クラスのみんな、心配してるから、元気を出して学校に来いよ」
「高、先生に御返事しなさい!」と、陽子の声が鼓膜をふるわせた。
「月曜日は来れるかな?」
「御返事は?」と、陽子の言葉が短くなる。
「待ってるよ」と、久保寺先生の言葉も短くなった。
 下げたままの高の首である。頭突きを狙うような頭だけが先生に向いている。
「どうも、あまやかして育ててしまったので、こんなことになってしまいました。お手数をかけて申訳ありません」と、ぼくは膝を折り、何度も頭を下げた。
「そうかもしれませんね」と、久保寺先生が言う。ぼくのこめかみがヒクヒクと動いた。
「それでは、今日はこれで失礼します」
「あら、先生、お忙しいところわざわざお越しいただいて、どうもすみませんでした。お手数をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」
 高の声を支える手を離して、陽子は膝を折った。玄関の戸が閉まる。
「あまやかしてだなんて、どうしてあんなこと言ったのさ」と、陽子は同時に声を発した。「シーッ」と、ぼくは唇に指を当てて伸び上がった。久保寺先生が、窓のすぐ先を歩いている。
「あれじゃあ、悪いのはこっちだということになってしまうでしょう」と、陽子の声は低くなるが、言葉は止まらない。
「ああでも言わなかったら、場をとりつくろうことができなかったじゃないか」
「心にもないことを言って迄、とりつくろう必要なんかないわ」
「心にあるよ」
「パパはあるでしょう。子どもに何も構わないで、ほったらかしてきたんだから」
 ぼくは高の立っていた方に目をやった。姿はなく、部屋の戸は閉まっていた。
「父って、金だよ」と、ぼくは言った。
「なあに、それ?」
「金を稼いで、家族にやる。それが父の役目だ。ぼくはちゃんと、その役目をはたしてきたよ」
「それは違う。間違ってるわ!」と、陽子の口から唾が飛んだ。
 
 
      八
 おしゃべりが聞こえなくなった。まわりでは算盤が鳴り、紙の音がする。
 両手の茶椀を強く握り、覗いてみると、滴ほどの茶が底に残っていた。茶椀のふちを唇に運び、その尻を両手で持ち上げた。
 飲んだふりを喉で作り、茶椀を唇から離した。両手からは離さなかった。離してしまえば、することがなくなる手だった。
 ひき出しを開けようか、開けまいか、手は迷っていた。前の日から、戸籍抄本がしまわれていた。父の欄には『空欄』と書かれている。それが手をためらわせた。その戸籍抄本は、勤めはじめた鉱山の労務に渡さなければならないものだった。
「これ、頼むかな」
 隣の机の労務の声が背筋を引き伸ばした。あわてて茶椀を机におき、目の前に差し出された紙を取った。紙の上に枠を取って刷られている手書きの文字は読めるのだが、その使い道は分からない。
「その通りにガリを切って」
 心細くて言葉が出なかった。それを仕上げるために、また何枚かの原紙をこっそり捨てねばならないのだ。
「あ、戸籍抄本どうなった?」
「はい」と、声は薄墨のようだった。
「持ってきた?」
「はい」と、声はやはり薄かった。
 ひき出しがのろのろと引き出される。封筒をつかむと、心臓の音が手をふるわせた。
 隣の机から手が伸びてきた。封筒を渡した右の手で、心臓の音を隠すようにひき出しを戻した。
 隠した音をむき出すように、労務は封筒の中から戸籍抄本を抜き、それを開いた。
 横目で労務をうかがいながらペン皿の鉄筆を取ると、鉄筆は心のように重かった。
 戸籍抄本を一瞥し、労務は未決の箱に投げ入れる。あしらうような軽い手さばきは、悲しかった。
 鑢をおき、原紙を載せると、定規を当て、ひっかくように線を引いた。悲鳴のような音がした。
 原紙を持ち上げると、線は原紙を破いていた。手早くたたみ、足元の屑籠に手をやった。
 屑籠の中のたたまれた原紙が三枚になった時、目の前のガラス戸が開いた。老眼鏡のつるの一つが耳から外れ、あごの下にぶら下がっている。
「オイ」と呼びかけるあごの動きで、所長の老眼鏡が横柄にゆれた。
「これ、トレスしてくれ」と突き出た手は、折りたたんだ鉱区図を握っている。迷路のように出入りする等高線をオイルペーパーが透かしていた。
 頭が迷路に追いやられた。『トレス』などという英語を中学で習いはしなかった。そんな中学の一年生の教科書から英語をやり直している定時制で、学べる程度はたかがしれていた。
「それ、急ぐのか?」と、書きかけの原紙が覗かれた。
「さあ」と、返事はにえきらなかった。
「君、君」と、声は労務へ向けられた。
「ハッ?」という返事と一緒に算盤を弾く手が止まった。
「これ、急ぐの?」と、五本の指が鑢の上の原紙を何度も叩いた。
「いえ、いえ、急ぎません」と、労務があわてた声で言った。
「急がないんじゃないか! はっきりしろよ、はっきり!」
 鉱区図が机の上に投げつけられた。書きかけの原紙があおりを受けて、屑籠の上に舞い落ちた。
 
 
 道端に残る雪の中から、ふきのとうが芽を出していた。雪は汚れ、ふきのとうは光っている。思わず長靴がそこに行った。えぐるように長靴を動かすと、緑色の血を出してふきのとうは潰れた。
 一つ一つ踏み殺しながら、ふきのとうが続く坂道を上って行った。
「自由」と言葉が小さく洩れ、「平等」と声が小さく続いて出た。振り返ると、事務所は坂の下に隠れていた。
「自由! 平等!」と、声は大きくなる。食べたばかりの昼の弁当が、げっぷになって唱和した。
 中学校の教科書『あたらしい憲法のはなし』で、その言葉を習ったのだ。
 
『くうしゅうでやけたところへ行ってごらんなさい。やけたゞれた土から、もう草が青々とはえています。みんな生き/\としげっています。草でさえも、力強く生きてゆくのです。ましてやみなさんは人間です。生きてゆく力があるはずです。天からさずかったしぜんの力があるのです。この力によって、人間が世の中に生きてゆくことを、だれもさまたげてはなりません。しかし人間は、草木とちがって、たゞ生きてゆくというだけではなく、人間らしい生活をしてゆかなければなりません。この人間らしい生活には、必要なものが二つあります。それは「自由」ということと、「平等」ということです。
 人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっして奪われてはなりません。また、国の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはなりません。そこで憲法は、この自由は、けっして侵すことのできないものであることをきめているのです。
 またわれわれは、人間である以上はみな同じです。人間の上に、もっとえらい人間があるはずはなく、人間の下に、もっといやしい人間があるわけはありません。男が女よりもすぐれ、女が男よりもおとっているということもありません。みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないのです。差別のないことを「平等」といいます。そこで憲法は、自由といっしょに、この平等ということをきめているのです。』
 
 小川が光っている、小川を踏みつけると、服もズボンもしぶきで濡れた。
「こん畜生!」
 呶鳴り声では小川は翳らず、小川は死ななかった。
 ズボンの前ボタンを外し、指をこじ入れた。下腹に力を入れる。激しく噴き出た小便が小川を打った。小便の長い影が川の光を汚し、泡の影が水底の石をゆらした。
 小便が止まった。影は消え、泡はなく、石はもう動かなかった。
 憤怒はまだおさまらない。ベルトをゆるめ、ズボンの腰に手をかけた。股引、パンツに手をかけて、一挙に下へ押してやった。
 尻が出て、風が当たった。そのまましゃがむと、水面が尻を濡らした。削がれるように冷たかったが我慢した。負けたくなかった。
 便意もないのに、力みを入れる。腹を叩いて力んでみたが無駄だった。
 水面に映る顔に唾を吐き、「テテナシゴ!」と罵ってみた。唾より多く涙が流れ、水面の顔がかすんだ。父の顔はもっとかすみ、想像もつかなかった。
「オヤジのバカ! 金よこせ!」
 空は青く高かった。高い空のはてからは人の姿など見えもしない。見えるはずもないのに、人は尻を隠して生きていくのだ。
 ならわしに従い、ズボンを上げた。そろそろ昼休みの終わる時間だった。
 
 
      九
 高の朝の腹痛は、二週目に入ってもなおらなかった。三週目に入り、五月の連休は、もうその週に続いていた。
 自由と平等の憲法記念日の日、ぼくら四人の家族は札幌へ遊びに出かけた。早朝の汽車の時刻に、バスはまだ動いていない。前夜、予約しておいたハイヤーに乗り込んで、下方駅へ一家は向かった。引越以来の、家族そろっての道である。
 代かきの終わった田圃の水が朝日を反射する。牧草地のチモシーが光り、サラブレッドの毛並みが光る。やがて家々の屋根の色がひしめきはじめ、鉄筋コンクリートの三中の校舎も見えてくる。お天道様は、平等そのものを示すように、どんな風景をも光で染めていた……
 札幌行きの汽車は、日高地方を海沿いに走り、苫小牧から内陸部へ向かって折れていく。海は進行方向に向かって左側であったが、誰が先にということもなく、ぼくらは右側に座った。右側からは、一ヵ月ぶりの美牧の町を見渡すことができるからだ。
 汽車が動き、車窓には、国道を走る自動車が映っていた。下方と美牧を結ぶ道である。
 丘が現われ、その鼻先を道がまわる。白い標識が立っていた。『美牧町』という青い文字が読みとれる。
「ここから美牧か」と、ぼくはつぶやいた。ぼくらを苦しめている境界は、ここなのだ。車が過ぎ、汽車が通る、天下の大道に張りめぐった見えないバラ線が痛かった。
 丘が去り、美牧の町が見えてきた。駅への近道だった貯木場が現われ、汽車が止まった。太い丸太の山の向こうに、鉄筋コンクリートの二階家が二棟建っている。左の棟の右端が、ぼくらの住んでいた所である。
「見える! 見える! 家だよ! 家だよ!」と、声を出して喜んだのは陽子だった。
「ママ、恥しいよ(*ママ)」と、志穂が小さな声でたしなめた。
「そうだァ」と、高も同調する。
「いいじゃない」と、陽子のにぎやかさは変わらなかった。
 
 
      十
 音が一発、眠りを叩いた。二発が響き、三発が響く。音は高低を持っているが、メロディとしてつながらなかった。ただの騒音に過ぎない音を、朝早くから出しているのはエレキギターである。前の日、札幌の質流れ店で、高に買ってやったのだ。
 隣の布団で身動きがした。
「陽子、起きようか?」と、ぼくは枕の上の首をかたむけて言った。陽子の首もこちらを向く。
「寝てられないもんね」と、陽子は笑いながら言った。
「あれが高の生きている声だと思えば……」
「うるさいなんて言っていられない」と、陽子はぼくの言葉を取って言うと、右の手をぼくの布団の上にのべてよこした。左の手でそれを握る。
「一、二、三!」と、二人で掛声を合わせ、ぼくらは上半身を起した。
 着換えを終わり居間へ出ると、志穂の部屋からはドライヤーの音が聞こえていた。
「志穂も起きちゃったよ」
「志穂は今日、部活なんだって」
「連休なのにか?」
「あしたも、あさってもだって」
「がんばるなあ」
「同じ育て方をしてきたんですからね。あまやかしたからどうのこうのって、卑下しちゃ駄目なの」と、陽子は胸を張った。
 その日、タカユキ、ハジメ、コージの三君が、バスに乗って遊びに来た。エレキギターが轟き、ステレオが響き、笑い声が重なり合う。台所の陽子はサンタルチアを歌い出し、ぼくはソファーに寝そべりながら、音が消えるテレビの画面を不満もなく眺めていた。
 陽子の作った昼のラーメンを食べると、高と三人の友達はグランドへ出て行った。お伴をするのは高の野球の道具である。
 バックネットの前に一人がバットを持って立ち、グローブをはいた一人がピッチャーの位置からボールを投げる。後の二人は外野に立って、打たれたボールを素手で取るのだ。
 歓声が流れてくる。ぼくは窓辺に立ち、まるで本物の試合であるかのように眺めていた。
 バックネットの左側の校門から車が一台入って来る。すぐに車が止まり、人がおりて来た。男である。男はバックネットに近づくと、その袖で立ち止まった。バットを構えていた高がバットをおろし、男の方を向いた。
「ママ、あれ誰だ?」と、ぼくは一人でラーメンを食べている陽子に言った。箸をおいて、陽子が窓辺に来る。
「久保寺先生じゃない?」
「そうらしいな」
「いそいで食べちゃおう」と、陽子は食卓に戻り、ラーメンをすすった。
 久保寺先生が歩き出した。車に戻り、車が動き出す。
「こっちに来るぞ」
 陽子がラーメンの丼を抱えて台所に行く。すぐに布巾を持って戻って来た。
 車は体育館の前にさしかかっていた。そこから六戸の教員住宅が並び、ぼくの所は四戸目だ。
 車のハンドルが切られる。左へ曲がると住宅への道である。だが、フロントガラスはこちらへ向かず、車は右にUターンをした。尻を向けて、車は校門から消えていく。
「先生、帰っちゃったよ」
「なあんだ」と、陽子は、食卓の上の布巾の動きをゆるめた。
 グランドの四人は、間もなく、汗で額を濡らせ(*ママ)ながら帰って来た。靴を脱ぎ捨て入って来る先頭の高に、陽子は「高」と言った。ほとんど同時に「ママ」と、高が言う。
「何? 言いなさい」と、陽子は言葉をゆずった。
「今晩、泊めてもいいべ?」
 高の言葉は、先生のことではない。
「ウーン」と、陽子は言葉を呑んだ。外泊は学校の規則違反なのだ。
「いいべ? な、いいべ?」と、高はたたみかける。
「じゃあ、みんな、お母さんの許可を取ってもらおうかな」と陽子が折れる。
「電話、借ります」と言って、タカユキ君がダイヤルをまわしはじめた。
「高、さっき久保寺先生が来たでしょう?」と、陽子が溜まっていた言葉を出す。
「来た」
「何しゃべったの?」
「知らねえ」
「ふうん」と陽子は口をとがらせ、話は終わった。
 
 
      十一
 桜の枝には、つぼみがまぶされていた。幹の並びに沿って、黒い土のかたまりがうねっている。連休の最後の日に、PTAの父親の一人がトラクターで起してくれた畑なのだ。
 鍬が動いていた。長靴が後ずさりをし、黒い土が畝を作っていく。畝は曲がりくねりながら、それでも長く伸びていくのだ。
 鞄を下げて突っ立っているぼくに気づいて、陽子は動きを止めた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「何、植えてるの?」
「これは、イモ。あっちは、エンドウ豆」と、陽子は汚れた軍手の指で畝を教えてくれる。
「疲れただろう?」
「うん、でも面白いよ。いやなことは、みんな忘れちゃうから」
「そうかァ」
「この畝にケリをつけたら止めるから、先に入ってて」
「うん」
 畑の前の玄関の戸をぼくは開けた。居間の右手の部屋の中から、音は聞こえてこない。
 その部屋に友達との笑いが溢れていたのは、十日も前のことである。ほとんど徹夜で笑いは続き、次の日、高は友達を送って美牧に行った。
 外泊し、昼近くに帰って来た次の日は、連休の最後の日だった。飯も食べずに眠り続け、高は連休明けの朝を迎えたのだ。
 腹痛がまたはじまり、陽子は三中へ二度目のかけ合いに行った。学校教育法施行令第九条を精読すれば、区域外就学は美牧町、下方町の二つの教育委員会の協議の上、美牧町教育委員会の承諾によって許されることになっている。学校には、何の権限もない。しかし、教育委員会を動かすには学校を動かさなければならないということを、教員であるぼくはよくわかっていた。
 三中の校長は、美中に戻るしかないということに同意し、美中の校長と相談をするので、しばらく待ってもらいたいと陽子に言ったという。
 三日たっても返事は来なかった。一ヵ月を超える登校拒否の中の、たった三日と思えばよいのだろうか。だが、ぼくたちは、そう思うことができなかった。
 四日目、しびれを切らし、陽子は美牧中学校に出かけ、校長に事情を話した。
「驚いたわ、三中からは、まだ何の連絡も来てなかったのよ。もう、美中に戻してもらうより方法がないし、そのことは三中にも諒解してもらったんだから、何とか高を美中に通わせて下さいって頼み込んだの」
「始業式の日のもめごとは、しゃべったのか?」
「しゃべったわよ。それを言わなかったら、理由がわからないじゃない」
「そうだよな」
「そしたらね、校長先生たら、わたしの一存では決められません、教育委員会の承諾が要るんですって言うから、わたし、学校教育法施行令第九条ですねって言い返したわ」
「校長さん、何て言った?」
「そうですか、だって」
「フフフフ」
「それでわたし、美牧の教育委員会にお願いして来ますって言って、美中を出たの」
「教育長、いたの?」
「いたの」
「それで、教育長、何て言った?」
「わかりました。子どもさんを中心に考え、お引き受けしましょうだって。わたし、教育長さんの前で涙をこぼしちゃった」
 陽子はバッグを開き、書類を取り出した。
 
    診 断 書
病名 登 校 拒 否 症
  右に依り然るべき対応を要する
   昭和五十九年五月十一日
    北海道下方郡下方町三丁目五番地
     医療法人育成会 岡本病院
      院長 岡 本 健 太 郎
 
「病院の診断書をもらえますかって教育長さんに聞かれた時、岡本先生のことがひらめいたの。もらえますって、すぐに返事ができたわ。それで、帰りに寄って書いてきてもらったのよ」
「ありがたいなあ」
「もう一つ、書類があるわ。これはね、こっちで書き込んで、美牧の教育委員会に出すものなの」
「どれどれ」と、ぼくは受け取った。『区域外就学願』という文字が、一番上に刷られてある。
「これを美牧の教育委員会に出して、下方の教育委員会には、どういう手続きをすればいいんだろう?」
「後は、美牧が、下方と連絡を取ってくれるんだって。わたし、明日、持って行ってくるから、その書類、パパが書いておいてよ」
「よし、善は急げだ」と、ぼくは胸の万年筆に手をやった。三日前のことである……
 水道の音がした。陽子が風呂場で、足の汚れを落しているのだ。
「おなかへったヨーッ!」と、ぼくは呼びかける。
「ハーイ!」と陽子が答えた時、家の前で車の止まる音がした。窓越しに見える車の中には、久保寺先生がいる。大きな股で、ぼくは風呂場へ行った。
「久保寺先生だよ」
「大変だ」と、陽子が雑布(*ママ)をしぼる。バケツの中から抜いた足を、彼女はあわてて拭いた。
 玄関の戸の滑る音がする。
「ごめん下さい」と、声が聞こえた。
「ハーイ!」と、答えを取ったのは陽子だったが、足はまだ濡れていた。
 居間に出て、ぼくは膝をつき、ガラス戸を開けた。
「どうも御苦労様です。さあ、どうぞお上がり下さい」
「美中に行かれたそうですね」と、目の前に立った久保寺先生は、いきなり本論に入って来た。
「はい」と答えた時、ぼくの後ろで陽子の座る気配がした。
「今日、美中の校長から、うちの校長に電話があったんですが、話が間違えて伝えられているんですね」
「は?」
「うちの学校でいじめられたから登校拒否になったと話されたそうですが、そんなことはありません。いじめはありません」
「でも、廊下で通せん坊をしたということがありますよね。それは、なかったんですか?」と、陽子がすぐに言い返した。
「いじめはありません。そのことを一言いいたくて、おうかがいしました。失礼します」
 それだけ言うと、久保寺先生は背中を向けた。玄関の戸が強く音をたてて閉まる。エンジンが響き、車の音は遠ざかっていった。
「なんだ、ありゃ」
「通せん坊ぐらいで登校拒否になったのは、高が悪いんで、学校のせいじゃないって言いたいんでしょ」
「学校の先生って、いやだなあ。おれ、もう、先生してるのいやになったよ」と、ぼくは肩を落して言った。
 
 
      十二
 カボチャが蒔かれ、ホーレン草が蒔かれた。トウキビが蒔かれ、ネギが蒔かれる。そのかたわらの桜の樹々が花を開いても、教育委員会からの許可は届かなかった。三中の立腹が原因なのだろう。
 桜が散り、緑の芽が出る畑の上を花びらがおおった。その花びらが土にまみれて色を失った五月三十一日、区域外就学の許可がようやく届いた。
 六月一日から、高は、美牧中学校の生徒の一人になった。
 
 
 二ヵ月たらずの一学期である。連絡票の成績は2が目立った。5段階評価である。小学校以来、5か4の成績で通してきた高が、ゾロゾロと2を取ったのは初めてのことであった。
 5か4といっても、クソ真面目だった高ではない。中学一年生の時、担任の堀合先生から電話がかかって来たことがある。鞄を下げて玄関に入ったばかりのぼくは、たたきから手をのべて、下駄箱の上の電話を取った。
「はい、毛利です」
「こんにちわ、美中の堀合です」
「あ、お世話になってます」
「いいえ、あのですね、高君がですね、社会科のテストをやったんですが、とんでもない答を書いてるんですよ」
「はあ」
「間違いとは思われない答なんです。ふざけて書いてるんですよ。こんなこと、わたし、今まで経験したことありません。ひどすぎます」
「どうもすみません。よく注意しておきます。御迷惑をおかけしました」と、ぼくは受話器を持ちながら、頭をペコペコ下げた。
「おいおい、堀合先生に怒られちゃったよ。ちょうど帰って来たら電話が鳴るんだもの。運が悪かったよ」と、ぼくは居間の陽子に大声で告げながら靴を脱いだ。
 帰って来た高に、テストの紙を出させたのは陽子だった。丸めで紙を舐め、彼女は噴き出した。
「どら」と手をのべ、ぼくは紙を受け取った。○印の解答欄をとばしながら、ぼくの目は動く。
 目が止まった。『毛利高国』と書いた鉛筆の文字を罵るように、赤いボールペンの×印が濃く書かれていた。地理の問題のようである。『アメリカ合衆国』という文字が下の欄に書かれ、○印になっていた。
「毛利高国かァ、こりゃあ、いいや」と、ぼくも噴き出していた。
 
 
 高は、ひっかき傷をすねに刻んで帰って来るようになった。サッカー部に入ったのだ。
 小学校から続けてきた野球は、時間的に無理だった。野球部には、早朝練習がある。朝のバス時間は間に合わなかったし、日の沈む迄おこなわれる放課後の練習もバス時間に合わなかった。
 美牧を通って、バスは下方で終点になる。そこから遠仏方面に来るバスの待合わせ時間が、五分というのが一本だけ。他は一時間もの待合わせ時間だった。待合わせ五分のバスに乗るためには、美牧で十七時二十分の乗車になる。
 サッカー部の練習が十七時二十分に終わってしまうというわけではない。バスの時間迄、放課後をどうやってつぶすかということが問題だった。
 サッカー部は、野球部とサッカーの試合をして敗けてしまうという、そんな部である。時間つぶしのいい加減さが許されると、高は思ったのだろうか。
 時間つぶしに選んだはずの部で、生傷は二本のすねだけではおさまらなかった。腰が痛いと、足を引きずって帰って来たことがある。
 翌日、陽子は、ハイヤーで病院に連れて行った。バス停まで、歩けるような状態ではなかった。見せてもらったレントゲン写真では、腰の骨の先端が欠け、肉の中に浮いていたという。しばらく様子を見るが、多分、手術をしなければならないだろうと言われ、ぼくと陽子は、声をひそめて語りあった。
 一ヵ月たって、欠けた骨は、不思議なことに元の部分にくっついていた。
 日曜日、誰もいない遠仏小学校のグランドで、高はサッカーボールをあやつった。スパイクシューズと、ボールと土が、三つ巴の音を出し、音は空気をふるわせながら窓に伝わった。
 桜の枝の小さな実がふるえる。実を落した枝の葉の匂がふるえる。匂を落した葉の赤い色がふるえるころ、高は鞄の中にユニホームをつめて帰って来た。
「レギュラーになったぞ。新人戦なんだ」
 
 
 一度下がった連絡票の成績は、三年生になってもそのままだった。
「もう、高校受験に向かってがんばらなくちゃ駄目でしょう。塾にでも通ってみたら?」
 そんな話を陽子がすると、高は口をとがらせた。
「おれ、高校に行かねえ」
「どうしてさ?」
「いやだもん」
「いやじゃ困るよ」
「困らねえよ」
 農業高校なら入れるだろうと、ぼくは思っていた。
 遠仏小学校に近い、その高校の生徒がつまったバスに、ぼくは何度か乗り合わせたことがある。美牧小学校で、ぼくの教えた顔もあった。顔をそむける者もある。声をかけてくれる生徒もいたが、言葉をかわすぼくの笑顔は、どこかで笑いが欠けていた。
 農業の高校などではなかった。月給取りや商人の子が、成績だけで分けられてバスにつめ込められ(*ママ)ているのである。
 知った顔は、小学校時代の成績と結びつく。この子の成績で入っているのなら、高は楽々、農業高校に入れるだろう。そんな心が鎌首のようにゆれる、ぼくは一匹の蛇だった。
 
 
      十三
 蝉が鳴いていた。
「パパ、トーモロコシをもいで来て。堀合先生に持たせてあげるから」
 陽子が掃除機をかけながら言った。三年続けての担任となった堀合先生が家庭訪問に来るというので、高は夏休みの初日を、美牧の友達の家へ逃げ出していた。
 たたきには、履物一つおいていない。
「かたづけ過ぎだよう」と、ぼくは陽子に言った。掃除機の音で、ぼくの声は耳に入らない。
 ぼくは下駄箱を開けた。長靴に並んで、サッカーシューズがある。土のついたままだった。土は高の思い出かもしれない。一ヵ月前、中体連の予選は終わり、三年生は部を去ったのだ。
「負けた」と、高の言葉は一言だったが、土は高にとって一言ではないはずだ。
 長靴をはき、ぼくは物置に行った。手頃のダンボールを選び、畑に入る。
 葉をかき分け、実を選んだ。選んで握り、折り倒す。折れる手応えがひじを走り、折れる音が耳になった。こうやって教え子達を、ぼくは嬉々として折ってこなかっただろうか……
 
 
「先生、来たか?」
 味噌汁をすすり、高は言った。帰って来たばかりの彼である。
 陽子はまだ、おかずを並べきっていなかった。食卓の上の皿に、カジカの煮つけを盛りながら、「来たよ」と答えた。
「何て言った?」
「農高に行きなさいって」と、陽子はさり気ない。
「どこにも行かないって言ったべ」
「大谷はどうだ?」と、ぼくはカジカを突つきながら言った。サッカーで有名な私立高校である。とても通える距離ではなかった。金はかかるが、金のことなど言っていられない。高の成績では、公立の普通高校はとても無理だと言われてしまったのだ。
「大谷になんか行ったって、レギュラーになれっこないもん」と、高の自己批評は情におぼれない。
「やってみなければ、わからないでしょう」と、陽子はさからった。
「美中のサッカー部なんか駄目だよ。大谷には、全道のエリートが集まってくるんだもの」と、志穂の意見が高を支える。高校三年の卓球部の活動が終わり、暇を持て余している彼女である。
「エリートでなくて悪かったな」と、高の言葉は機嫌が悪い。志穂が舌を出した。
「トロフィーもらったからって、威張るな。田舎のトロフィーだべや」と、高は追撃はきびしい。日高大会で個人優勝と団体優勝をしたものの、全道大会では一回戦で負けてしまった彼女なのだ。
「高、やめろ」とぼくが言い、「高、やめなさい」と陽子の言葉が重なった。
「高なんか、何さ!」と、志穂の言葉がそれに重なる。
 彼女は立ち上がった。高を見下し、志穂の言葉が続けて飛び出す。
「少しぐらいのことに我慢できなくて、美中に戻ってしまったんでしょう! パパやママに迷惑かけて、そんなに威張っていいのかい!」
 くるりと背中を向け、志穂の足がカーペットの上を走る。彼女の部屋の戸が音をたてた。
 高の顔に血の色が走る。立ち上がった彼の膝が食卓のふちを叩き、椀の味噌汁がはじき飛んだ。
「高、やめなさい!」と、ぼくは後ろから飛びついた。腕の下から胴体を抱えるぼくの体は、高に引きずられて行く。
 高の足が宙に躍り、志穂の部屋の戸を打った。ベニヤの破ける音が響き、上に貼ったふすま紙には裂け目が走った。錠をかけた戸は、それでも開かない。
「高、やめろ! お願いだからやめてくれ!」
 抱える腕に力を入れながら、ぼくは叫んだ。高の体の溢れる力が弱まってくるのを、ぼくは腕の中に感じていた。
「放せ、もうしないから」と高が言った。言わなくても、ぼくの腕は、もうわかっている。まともな力を入れられたら、ひとたまりもなく振りほどかれてしまったであろうぼくの腕に、高は手心を加えてくれたのだ。
 ぼくは腕を解いた。父の腕の役目をはたして、ぼくの鼓動は高鳴っていた。
 
 
      十四
拝啓 裏山が赤く色づき、遠仏小学校の最後の秋をかざっております。皆様、既に御承知の通り、来年三月三十一日をもって遠仏小学校は閉校となり、四月より市父小学校と統合、緑台小学校として新しい歴史を刻みはじめることになりました。
 
 食卓の上で、ぼくは原稿を書いていた。閉校記念誌への執筆の依頼状である。
 ノックの音が、志穂の部屋の中からした。
「はい、どうぞ」と、陽子がソファーから声をかける。
 戸が開いた。二ヵ月前の傷のままだ。校舎も住宅も、どうせ取りこわされてしまう。修理なんか、することもなかった。
 足を居間に踏み出し、志穂が神妙に礼をする。
「だめだめ、礼をする前と、した後は、ちゃんと試験官の目を見るの」と、陽子は試験官の代役である。
「あっ、そうだった」と、志穂は部屋にひっこんだ。五日後、就職試験のため、東京へ行く彼女なのだ。
 志穂がノックをやり直す。
「はい、どうぞ」と言った時、玄関に音がした。鞄を持った高が現われ、志穂が同時に戸を開ける。
 彼女の体が背中を向け、戸が閉まった。部屋の中から、志穂はもう出て来ない。
 鞄の中から、高は一枚のプリントを取りだし、陽子に突き出した。陽子は目を走らせる。
「何、悪いことしたの?」と、彼女は顔を上げて言った。
「学校帰りに、西尾のとこに寄ったんだ。そしたら堀合先生が見まわりに来て、煙草飲んでるのがバレちまったの」
「高も飲んだのかい?」
「飲まないよ」
「飲まないのに、どうして呼び出し状が来るの?」
「知るわけないべ」
「どらどら」と、ぼくは陽子のそばに行った。彼女の手からプリントを取る。更紙の上にワープロの文字が並んでいる。
 
昭和60年9月25日  
保護者各位
美牧町立美牧中学校長 尾角志郎
 
    生活指導についての連絡
御子弟の生活指導上の問題について御相談申上げたいので下記の日時に御子弟同伴の上お出かけ下さるようお願い致します。
       記
日 時 昭和60年9月26日 午後七時
場 所 美牧中学校
 
 ワープロの文字を、ぼくは透かしてみた。カーボンの艶がない。版を作り、輪転機で大量に印刷したものの一枚に違いなかった。数字だけが、ボールペンで書き込まれている。
「これ一枚で呼びつけるのか」と、ぼくは思わず言った。
「どうして、煙草飲むような人のとこに行ったの?」と、陽子の質問は続いている。
「学年レクがあるんだ。だから、版のだしものを考えるのに班員が集まったんだ」
「学校で考えられなかったの?」
「学校は、うるさくて、落ちつかねえべ」
「何人、集まったんだ?」と、ぼくがたずねた。
「五人だ」
「煙草飲んだのは、何人さ?」
「二人だ。後、女が二人と、おれが飲まなかった方なんだ」
「飲んだのは、男ばっかりなんだ」と陽子が言った。
「オー」
「じゃあ、男が三人いて、高だけ飲まなかったんだ」
「オー」
「偉いじゃない。男が飲まないのは高だけなんだもの」と、陽子は晴れやかに言った。
 
 
 闇の中をライトが貫き、桜の幹の黒い影に色が戻る。車の上には、ハイヤー会社のマークをあしらったランプが光っていた。
 真正面に向きが変わり、ぼくが額を押しつける窓ガラスに光が散った。額を離し、目をしばたたくと、ライトは消え、ハイヤーが窓の下に止まっている。ドアが開き、高がおりた。釣銭を受け取り、陽子がおりて来る。
「お帰りなさい」と、ぼくは窓を開けて言った。
「ただいま」と、陽子が笑窪を作って言う。
「どうだった?」
「今、ゆっくり話すから」と、陽子は玄関にまわった。
 冷蔵庫を開け、高はコップにジュースを入れて持って来る。ソファーに座り、一気にジュースを飲んだ。
「先生方が一杯いてさ、びっくりしちゃった」と、陽子は食卓の前に座って、はしゃぐように言った。
「誰々、いた?」
「堀合先生でしょう。椿先生でしょう。沢村先生でしょう」と、陽子は指を折りながら言う。
「三年生の先生だな」
「後、校長先生、教頭先生、青島先生」
「青島先生? 何でいたのかな?」
「青島は、生活指導部でないかな」と、高が言った。
「ああ、そうか」
「まだいたのよ。高倉先生。それからもう一人。あの先生、何ていったっけ? ママが文句つけた先生……」
「服部だべ」
「そうそう、服部先生。これで八人。八人だったね、高」
「オー」と、高が返事する。
「服部先生に文句つけたのか?」と、ぼくは笑って言った。彼は生活指導部のチーフのはずである。
「この八人の先生がね、ずらっと教室の前に並び、子ども五人と、親五人は、小さくなって話を聞いてたのよ。わたし、ふっと横を見たら、張本人の西尾君が、わたしの近くに座ってるの。噴き出しそうになって、こらえるのに大変だったんだから」
「西尾に悪いじゃないか。失礼だな」
「だってさ、髪の毛のここんとこが、碁盤の目にカットされてんのよ」と、陽子は耳の横を叩いて言う。
「碁盤の目に?」
「誰にやってもらったのかなあと思っていたら、それにも高が関係してたの」
「ふうん」
「学校でね、西尾君が、白いペンを持って来て、碁盤の目を描いてくれって言ったんだって。そしたら、高がそれを書いてやって、西尾君は床屋に行って、その通りカットしてもらったんだって」
「フフフフフ」
「服部先生は、そのことも指導するのよ。毛利君は、人に頼まれたら何でもやるのか。友達が煙草を飲んでも注意しないし、毛利君は強い精神力に欠けている。毛利君、どうなんですかって、名指しで詰問するのよ。ここは高を助けようって、わたし、しゃべってやったわ」
「何てしゃべった?」
「強い精神力に欠けているっておっしゃいましたが、男の子三人の中で、高だけが煙草を飲まなかったってことは、高にも強い精神力があるってことじゃないでしょうかって」
「ワハハハハ」と、ぼくの笑いは大きくなる。
「服部は、強い精神力が得意なんだよ」
 いつの間にか、部屋から出てきた志穂が言った。
「ああ、そういえば、服部先生は卓球部の顧問だったな」と、ぼくは志穂に顔を向けた。
「強い精神力に欠けているって、いっつも説教してさ。部活は、強い精神力を育てるためにやるんだって。バカじゃない?」
「強い精神力」と言って、高がソファーから尻を離した。ボディビルのポーズのをとる。
 四人の笑いが、居間の中に響いた。四人そろって笑い合ったのは、何年ぶりのことだろう……
 
 
      十五
 二枚目の呼び出し状が運ばれて来たのは、雪の降る夕方だった。濡れた手で高がそれを突き出した時、陽子は目を丸くして言った。
「またァ? ママ、もう学校に行くのいやだよ」
「行かなくていいんだ」と、高は頭の雪を手で払った。雪がカーペットに散らばる。ジャンバーの肩にも、雪が載っていた。
「玄関に行って払いなさい」と陽子が言った。
 高の体が玄関に消える。雪を払う音がした。
「ねえ、行かなくていいって言ったでしょ?」
「オー」
「どうしてさ?」と、陽子の足は敷居に載っている。
「どけ」と、高が言った。
 陽子が足を動かす。高は居間に戻ってくると、立ったまま、ストーブに手をかざした。陽子も高のそばに立つ。
「どうして行かなくていいの?」
「もう、解決ついた問題なんだ」
「解決ついたのに、どうして呼び出し状が来るのさ?」
「知らねえ」
「何があったのさ?」
「タカユキをやっつけたんだ」
「タカユキ君を?! あんなに仲良かったのにかい?」と、陽子は驚いて言った。
「あいつ、このごろ威張るようになって、みんなに嫌われはじめたんだ」
「高が一人でやっつけたの?」
「いや、五、六人で」
「いつ?」
「一ヵ月ぐらい前かな」
「一ヵ月……それで、今はどうなってるのさ?」
「一緒に遊んでるよ」
「よかった。でも、どうして今頃、呼び出し状が来たんだろう?」
「岩谷が見てたんだ」
「岩谷って、岩谷商店の女の子?」
「オー」
「それで?」
「母さんにしゃべったんだって。あの母さん、PTAの役員だべ
「ああ、それで学校に」
「オー」
「わかった。ママ、タカユキ君の母さんにあやまるからね」と、陽子は高から離れた。
 電話帳をめくる音が玄関から聞こえた。ダイヤルをまわす音が聞こえ、陽子の声が響き出す。詫びの言葉が長々と続き、声はいつの間にかはしゃいでいた。
 受話器をおく音がする。
「タカユキ君の母さん、偉い母さんだワァ」と、陽子は頬を赤くして居間に入って来た。赤いのは、詫びの通ったためだけではない。火のない玄関の寒さのためもあった。
 彼女は一直線にストーブに近づき、まだそこに立っている高と並んだ。
「人にいじめられても、人をいじめないようにしなさいって言い聞かせてたんだって。もう仲直りしたんだから、何とも思っていません。これからもよろしくって言ってたよ」
「あいつ、人をいじめたから、やられたんだぞ」と、高は不満のようである。
「学校に行かなきゃなんないのかなあ。ねえ、パパ、どう思う?」
「ウーン」と、ぼくは新聞を持ちながら詰まった。
「おかしいわ。やっぱし、おかしい。堀合先生に電話しよう」と、陽子はまた玄関へ行く。
「腹へったァ」と高が言った。
「我慢しなさい。あんたの始末をつけてるんだから」と、陽子は振り向かない。
「もしもし、堀合先生のお宅でしょうか? アッ、先生。わたし、毛利高の母です。いつもお世話になっております…………今日、学校からお手紙いただいたんですが…………はい、わたしも高に問い返してみたんです。そうしましたらですね、一ヵ月も前の話で、子ども達はもう仲直りをしてるって言うんですよね…………わたしは、そう思いません。親や学校がすぐ表に出て、ああだこうだと言うのは、子ども達が自分達の問題を、自分達の力で解決する緒を摘み取ってしまう場合もあると思うんです…………ですから、この問題は、子ども達がもう解決したことなんですから…………わたしは、高が正しいなんて言ってるんじゃありません。御迷惑をおかけして申訳ないと思っております…………とにかく、わたしは、この問題に限っては、もう行く必要がないと思いますので、明日は出席しませんから」
 受話器をおく音が強くした。
 
 
      十六
「きれいだなあ」
 箸をおいた志穂が、窓辺に寄った。
「もうバスの時間だよ」と、陽子は漬物を噛んでいる。
 窓の向こうの山のつらなりは裸の樹々のくすんだ色を重ね、その裾には一気に刷毛をはいたかのような霧の帯がひろがっていた。あざやかな純白である。霧はその下の染退川の流れと冷気がぶつかり、沸騰したように湧きおこって来るのだ。冷気は、ストーブを焚いた部屋の中にもまだ居座り、手の甲がかゆかった。
「来年は、もうこの景色、見られないんだもんなあ」と、東京での就職が決まった志穂は感傷的である。
「パパ、今度できる緑台小学校に希望を出したから、来年も、遊びに来たら、あの霧を見られるかもしれないよ」と、ぼくは朝刊を読みながら言った。
「本当?」と、志穂は振り返った。
「ああ、高は農高に行くしかないから、その方が、近くて通うにも便利だろう」
「高の覚悟はついたの?」
「まだだ」
「バスの時間だよ」と、陽子がまた言った。
「わかってるよ」と、志穂は不機嫌に言うと、部屋の中へひっこんだ。
 鞄を持ってすぐに出て来る。オーバーを着る気配が玄関でした。玄関の戸が音をたて、雪を踏む音が遠くなる。高のバスは、二十分早く発っていた。
「高の入学願書の締切りが迫って来たな」と、ぼくは朝刊をおいて言った。
「あさってよ」
「どうする?」
「どうするって、農高に行くしかないでしょう」
「それはそうだけど、高の気持だよ」
「納得させるよりないじゃない」
「誰が納得させるんだ?」
「パパよ」
「おれか」
「そうよ。パパは、わたしにまかせっきりなんだもの、ずるいわ」
「わかったよ。今晩、言いふくめるよ」と、ぼくはまた朝刊を手に取った。
 
 
 高が箸をおいた。口についた納豆の糸を手で拭う。
「高」と、ぼくは湯呑茶椀を握りしめて言った。
「ア?」
「願書の締切り、あさってだな」
「……」
「農高に受験しな」
「行かないって言ったべ」
「本気か?」
「オー」
「高、受験しな。した方がいいよ」と、志穂が納豆の粘る唇を動かした。
「高校ぐらい出なかったら、今の世の中、エラクなれないんだぞ」
「エラクなんか、なりたくないもの」
「そうか、エラクなんかなりたくないか……パパと同じだな。パパも、校長にも教頭にもならないで、五十二才になっちまったもんな」
「パパ、話を曲げないでよ」と、陽子が横から口を出した。
「曲げてなんかいないよ」と、ぼくは陽子をにらみ、高にまた言葉をかけた。
「農高だからって、恥しがることはないんだぞ。パパだって、定時制だったんだからな。そりゃあ、定時制なんかいやだったよ。でも、パパは、いやな気持をバネにして生きてきたんだ」
 高は、うつむいている。頬を伝わって流れるものがあった。それは結晶のように光り、彼のズボンに落ちた。波紋がぼくの心に押寄せる。
 高が顔を上げた。濡れた目がぼくを見つめた。海のような目だった。海へ流れる巨大なヘドロをはじこうとするかのように、まつ毛がゆれた。
 ヘドロはもう、高を埋めていた。匂を知り、色を知り、重さを知り、高は一人の青年だった。
 彼の唇が動いた。
「おれ、やっぱり学校に行かない。学校には自由がないもん」
「自由なんか、どこにもないわよ」と陽子が言った。
「そう言ったら、おしまいだよ」と、ぼくは陽子に言った。
「学校に行かないで、何になるつもりなの?
 何をして働くの?」と、陽子の言葉は止まらない。
 目玉を横に移し、陽子を一瞥すると、高はすぐにぼくを見つめ直した。言葉の出ないいらだたしさが彼のこめかみをふるわせ、頬を伝わる光の動きが勢いを増した。小賢しい大人のぼくは光を流し、光が洗う……
「よし、わかった。高校には行くな。勉強をしたいと思った時、自分の思うやり方で勉強をしろ」
 高の目が大きく開く。ぼくは陽子に目を移した。目頭を押さえ、すぐにその手を彼女は離す。
「さあ、今度はママの出番だからね。高の職探しをしなくっちゃ。忙しくなってきたよ」
 濡れた目を押しやるように、陽子の笑窪が大きい。笑窪に応えてほほえみながら、ぼくは言った。
「おれ、先生をやめるよ。みんなで東京に行こう。東京なら、高の道も見つかるだろうし、おれもガードマンでも何でもやるからさ、みんなで力を合わせて生きていこうよ」
「うん、そうしよう。ママも働く」と、陽子は大きい声で言った。
「またママと暮らすのかァ。恥しいなァ」
 成行きを見守っていた志穂が、陽子に負けない声で言った。
 
 
      十七
 志穂の部屋の戸をぼくはノックした。ベニヤの割れ目がゆれ、ノックの音は冴えない。
「そろそろ高の帰って来る時間だよ。晩飯の仕度しないかい?」と、ぼくの声は遠慮をしている。晩飯を食べたいのは、ぼくなのだ。
「うん、今するよ」と、志穂の返事がした。陽子は借家を探しに東京へ出かけたのだ。
 志穂が台所で音をたてる。
「予餞会、うまくいったかなァ」と、ぼくはソファーから声をかけた。今日はバンドを作って、全校生徒の前でエレキギターを弾くことになっていた高なのだ。
「あれだけ練習したんだもの、うまくいったんじゃない?」
「でも、家で一人でやっていただけだろう。みんなと合わせたのは、きのう学校で練習したのが初めてだと言ってたぞ」
「大丈夫だと思うよ」
「志穂が中学校の時、予餞会でエレキを弾いた人、いたの?」
「いない。エレキは禁止だったもの」
「へえ、よく、今年やらせたな」
「先生にお願いしたり、生徒会に頼んだりしたって言ってたよ」
「バンドは何人なのかなあ」
「四人だって」
「四人?」
「エレキと、ベースと、ドラムと、ボーカル」
「みんな男か?」
「ドラムとベースは女だって」
「ふうん」
「パパ、随分、気にするね」
「だって、パパ、ネクタイを貸してやったもの」
「あ、高が来たよ」
 ぼくは窓に目をやった。夕焼け空だ。ケースに入れたエレキギターを肩にかつぎ、高が大股で歩いて来る。影が勢いよく玄関に映り、音をたてて高は入って来た。
「盛り上がったさァ。最高に盛り上がったさァ」と、彼はエレキギターを抱きしめる。
「そうか、よかった、よかった」と、ぼくの視線はエレキギターをさすっていた。二年前、それを買ってやったころの閉ざされた日々は、さすりきれるものではない。
「おかず、何だ?」と、高は台所に入って行った。
「ハンバーグ。いいじゃない。早く食わせて」
「気が散るから、あっちに行って」と、志穂が追いたてる。
 電話が鳴った。高が取る。
「はい、毛利です…………ああ、おれ…………やっぱり…………うん、うん…………うん、うん…………わかった。仕方ねえ。あした、あやまるべ…………うん、うん…………バイバイ」
 受話器をおく、高の頬が赤い。
「ケチがついたのか?」
「オー、先生が怒って、もう来年からエレキバンドはやらせないって言ったんだって」
「やらせないって言ったって、先生が承知でやったんだろう?」
「制服を着ないでやったのが悪いんだと」
「制服なんか着て、エレキバンドができるかい。背広を着て、歌舞伎やるようなもんだろう」
「そう思うべ? だけど、制服着てやるっていうきまりだったんだ」
「そうか」
「だから、制服を着てステージに上がってさ、上がったら、いきなり、四人ともこうやって脱いだんだ」
 両手の指がボタンの上を走る。肩を後ろにそらすと、今朝、ぼくの結んでやったブルーのネクタイが白いワイシャツと一緒に現われる。体の後ろで素早く制服の裾を外すと、高は右手でつかんだ制服を投げ上げた。
 バラッと音をたてて、制服が高の足元にひろがる。皺を寄せた黒い色が、うすっぺらい姿をさらした。
 
 
      十八
 河岸段丘の地形の底をトラックは走って行く。アスファルトの道は乾いていたが、一冬をかけて跳ね除けられた雪は道に沿って屍をつらね、埃で黒ずんだ体を硬直させていた。
 カラマツの枝が青い空にひろがっている。枝は網のように光を掬い、若芽を育んでいた。一冬を過ごした赤い冬芽の散らばりに溶け込んで見えるのは、閉校式のすんでしまった遠仏小学校の赤い屋根だった。羽目板は幹の色に溶け込み、校舎は自然の一部のようだった。
 右手には、染退川が流れていた。きびしい寒さに逆らって霧を噴き出す季節は過ぎたが、川は逆らい続けている。川の底から湧きたつような絶え間ない流れの音が、エンジンの音に張り合い、助手席のぼくの耳を打っていた。
 ハンドルが左に切られ、丘へ向かう上りの坂が現われる。新しい統合校舎は、その坂の下にあった。鬼子のように風景を割り、二階建ての鉄筋校舎は骨の色でそびえている。
 校舎の前には数台のトラックが止まり、たくさんの人が荷物をおろしていた。オルガン、机、椅子などの備品を、廃校になる二つの学校から運び込んでいるのだ。PTAが会員のトラックを調達し、労力もPTAの動員だった。ぼくにとっては、二十五年の教員生活の最後のお勤めである。
 オルガンを抱え、わだちの刻まれた雪の上をぼくは踏んだ。雪は凹み、泥の色が現われる。泥を守る雑草の根株は、どこにも見当らなかった。掘り返され、投げ捨てられ、のっぺらぼうに整地された泥は、間もなくアスファルトの下敷きになってしまうのだろう。助けを求めるような泥の粘りを長靴で感じながら、ぼくはオルガンを運んだ。
 広い玄関を入るとロビイがあった。正面には壁画がある。オルガンをおき、ぼくの目は壁画をなめまわした。木が並んでいる。
 校舎の外の丘を埋める幹の色合、枝の色合、
葉の色合――時を映して変化する木々への視線を、壁画の木は、そらしはしないだろうか……
 壁画の前では、噴水が水を小さく噴き上げていた。校舎の外の染退川の、あの大きな水量がもたらす霧と光と音への視線を、噴水は、そらしはしないだろうか……
「場違いだ」と、ぼくは吐き捨てるように言った。このアイヌ・モシリで、場違いは今にはじまったことではない。
「これを視聴覚室に運んで下さい!」
 大きな声で叫んでいるのは、統合校に残ることになった教員である。
 真新しいダンボールが積み重なっていた。箱の文字を見ると、業者が運んで来たパソコンのようである。**削除部1**
 学習の個別化を謳う統合校の目玉商品である。指導の行きとどく小さな学校を潰し、何が学習の個別化だ。視聴覚室の棚に、ぼくは荒っぽくダンボールを入れた。
 窓の外に、空と丘がひろがっている。ぼくは窓辺に吸い寄せられ、目をやった。
 
 窓の近くの下にはたくさんのトラックが出入りしている。荷を下ろしたトラックのそばをくわえ煙草の男が一人立っていた。市父小学校のPTAの会合のようである。目が合う。覚えのある目だった。おどおどとぼくを見るあの日の目――あいうえおにてこずるあの日の目――声がつまった。**削除部2**
 ぼくを拒絶するドアの音が激しく鳴る。四つの車輪が、雪と泥を激しく掻き、トラックは飛び出して行った。
 トラックの出入りが続き、学校は祭りのようににぎわっていた。子どものためにと狩り出された親達の動きで、丘の一隅は氏神様の境内になっていた。
「親」と、ぼくはつぶやいてみた。


 高の初節句が近づくころ、苫小牧で運動会の遊戯の講習会があって参加したことがある。講習会が終わってから、ぼくはデパートに足を向けた。五月人形を買うためである。
 陽子との話し合いでは、兜を買おうということになっていたが、兜は一つではなかった。高の小さな頭にすっぽりと載るのは、どの兜だろう。桜色の小さな顔に似合うのは、どの兜だろう。まるで玩具を選ぶように、ぼくは売り場の中を移動して行った。
 ようやく一つを決めてみると、鯉幟も欲しくなる。大きな鯉幟を泳がせる柱は建てられないが、例え小さくても鯉幟がなかったら、五月の節句とは言えないような気がしてきたからだ。
 高の背丈よりも小さい柱にぶら下がる真鯉と緋鯉と、ぼくは指で突ついてみる。そのゆれを見た時の高の笑顔を思いながら……
 ぼくは、不意に、父を思い出した。
 ぼくの初節句に父が届けてくれたという五月人形が、子どものころ、家にあった。一つは鍾馗であり、もう一つは、軍配、陣笠、陣太鼓、采配などの武具がセットになったものだった。鍾馗の手から刀を抜き、ぼくは宙に振りまわして遊んだ。武具の一つ一つをもてあそび、ぼくは大石蔵之助だった。
 あれらを買う時、父もまたぼくを思い、品選びに時間をかけたのだろう。予定外に買ってしまったのは、鍾馗だったのだろうか、武具だったのだろうか……
「すみません、この鯉幟と、あの兜が欲しいんですけど」と、ぼくは晴れ晴れとした声で店員に言った。
 
 
      十九
 何年か前、冬休みの一人旅で、人骨を見た。千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館でのことだった。
 丸い囲炉裏の跡を囲んで、人骨は腕を曲げ、足を曲げ、首を曲げて倒れていた。心臓も肺も、もうとっくに消えてしまったのに、肋骨は何かを抱え、摩耗ロウとして、弧を描いている。二つの眼窩は何かを訴えるように大きかった。
 バラバラな向きで転がっている頭蓋骨を手がかりに、ぼくは遺体を数えた。一つ、二つ、三つ、四つ……四人のようである。
 目を凝らすと、一番奥の頭蓋骨の下に小さな骨盤が見える。五人目のものだった。四人の骨盤よりはるかに小さい骨盤に、一番奥、Aの頭蓋骨は左の耳の位置を当てて転がっているのだ。まるで、子どもの体から何かを聞き取ろうとするかのように……
 聞き取ろうとする頭蓋骨の目は、子どもの骨盤から伸びる短い背骨に沿って向けられている。その右隣、Bの頭蓋骨も、同じように目を注いで転がっていた。目の先、子どもの背骨のその先に、子どもの頭蓋骨はない。
 場所を変え、体を乗り出して、ぼくは覗いてみた。あった。Bの足の下に、子どもの頭蓋骨は隠れていた。守るように覆うBの二つの足は、三人目のCの頭蓋骨をも挟んでいる。
 Cの頭蓋骨は逆さになっていた。すぐ下の子どもの頭蓋骨を案じるあまり、覗きに覗いて、ひっくり返ったという感じである。そしてCの腕は、子どもの頭蓋骨を守るBの足を守るように抱き、折れ曲がったCの足を探るように、Dの足の先があった。
 プレートには、こんな文字が書かれていた。
 
   縄文人の家族
縄文人は竪穴住居に住んでいたが、全4千年紀頃から竪穴住居内に炉が設けられ、一つ屋根の下、同じ炉で食事を共にする家族の存在が明確になる。千葉県市川市の姥山貝塚で発見された住居内で家族が不慮の死を遂げたと考えられる遺体群は、老年の女性1体、青年の男性2体、成人の女性1体と子ども1体の5体であり、親子3代の人が生活を共にしていたのだろう
 
 義務教育の学校が日本にできて、まだ百年を過ぎたばかりだ。その元締めの国家でさえ、縄文の遠い時間に比べたら、何と薄っぺらいものなのだろう。
 千代に八千代に、さざれ石の、厳となりて、苔のむすまで続いてきたものは、家族のはずだ。
 
 
 
住所 東京都豊島区東池袋*―**―**
   ************号
電話 ***―****
本名 向 井 豊 昭
年令 五十四才



住所電話番号は削除。
年齢からすると、書かれたのは1987年と推測される。

「不器用」と「無器用」が混在しているのはママ。
「初めの一枚」は「始めの一枚」とも書きうる可能性はあるけれどもママ。
「♪」は庵点の代用。
 
抱える腕に力を入れながら、ぼくは叫んだ。高の体の溢れる力が弱まってくるのを、ぼくは腕の中に感じていた。
この「高」は「流」(豊昭の長男の実名)と書いたものを消して訂正されている。
 
**削除部1でカットされた文章
 ぼくはパソコンを運びにまわった。
 廊下には、青い絨毯が張られている。教室もまた、絨毯張りだった。見かけはいいが、掃除は大変だ。汚れ安く、埃が取りにくい。そんなマイナスは素知らぬ顔の、見かけの時代の校舎である。
 教室と廊下はアコーデオンで仕切られ、つながる仕掛けになっていた。目玉の一つ、オープン教室と称するものである。
 オープン教室は、学習の個別化というもののために、教室の壁を取りはらい、オープンにして授業をするところから名づけられた。例えば二クラスを能力別に分け、二人の担任が分かれて指導するのだ。その時、子ども達が移動しやすいように、壁はアコーデオンや衝立になっている。ところが、この校舎の教室の壁は固定されており、クラスはつながらない。設計は、オープン教室を騙っているとしか思われなかった。多分、文部省の補助金が欲しかったのだろう。
 学習の個別化を謳うもう一つのもの、このパソコンも、補助金をちらつかせた文部省の梃入れなのだろう。指導の行きとどく小さな学校を潰し、何が学習の個別化だ――
 視聴覚室の棚に、ぼくは荒っぽく、ダンボールのパソコンを入れた。
 


**削除部2でカットされた文章
「毛利先生じゃないですか?」
 背中で声がする。振り向くと、男が一人立っていた。無精髭の顔を、ぼくはじっと見つめた。ぼくの学校のPTAの会員ではない。すると男は、市父小学校の会員なのだろう。もしかしたら、ぼくの教え子なのかもしれなかった。ヤッチの目も声がつまる。つまった声をよどませたまま、彼はくるりと向きを変え、???のドアに手をかけた。
 笑いを作った男の前歯は欠け、男はとっくに子どもではなかった。
 笑っている男の目には、影がただよっている。おどおどとぼくを見る、あの日の目――あいうえおにてこずる、あの日の目――
「わかった!」と、ぼくは叫んだ。人差指を男の顔に突き出して、ぼくは言った。
「ヤッチ! ごめん、ヤッチじゃ悪いね」
「ヤッチでいいですよ。でも、よく思い出してくれたなあ」
「忘れるもんか。いやあ、なつかしいなあ」
「さっき、下で先生を見たもんだから、追いかけて来たんです」
「そう、ありがとう」
「おれの子ども、今度、二年生になるんです。先生に教えてもらいたいなあ」
「それがねえ、ぼく、この三十一日で、先生をやめるんだよ」
「エーッ、もったいないなあ。先生やめて、どうするのさ?」
「東京に行って、ガードマンでもやるさ」
「あっ、もう荷物おろしてしまった。先生、おれ、行きますから。トラックを運転して来たんです」と、ヤッチは窓の下を見て言った。
 二人は並んで廊下へ出た。
「運転手をやってるの?
「はい」
「子どもは何人?」
「二人。上が女で、下が男です。下は再来年一年生に入ります」
「二人なら、ぼくんとこと同じだよ。お母さんは元気?」
「はい、一緒に暮らしています」
「そうか、親孝行してるんだな」
「先生、飛行機で行くんですか?」
「いや、汽車で」
「いつ?」
「三十一日」
「仕事があって、見送りに行かれないなあ」
「いいよ、いいよ。ここで声をかけてもらっただけで、ぼく、すごくうれしいんだから」
 階段をおり、二人はもう玄関に届いていた。長靴をはき、外へ出る。青空がまぶしかった。
 ドアの音がした。ヤッチの体は運転席だ。ぼくはヤッチを見上げる。運転席のガラスをおろし、「じゃあ、先生、元気で」とヤッチは言った。
「君も元気でね」と、ぼくは、まるで自分自身を励ますようにいった。

「?」は判読不明箇所。

(了)

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