向井豊昭


登場人物

 息 子
 父
 母
 隣家の妻
 救急隊員A
       B
       C
 警   官A
       B
 医   師
 看 護 婦A
        B
        C
        D
 黒    子A
        B

演出のためのメモ

登場人物は全て仮面をつけている。
登場人物はロボットのように動くが、仮面を外した場合のみ、人間の動きを取り戻す。
仮面を外した場合は、絶えず赤ん坊のような笑顔を見せる。
科白はない。
幕切れで父母の発する蝉の声だけが、芝居の中の唯一の肉声である。
バックミュージックは使わない。

   第 一 場
1 溶明。
 
マンションの内部。
正面に息子の部屋がある。
部屋の前面と後面に閉じたふすまが二枚ずつ。
左右は壁。
両隣に壁を持った家族の部屋があり、壁を境に隣家の空間の一部が下手に見える。
 
2 蝉の声がする。
3 前面のふすまを突き破って、手が一本出る。
4 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
5 蝉をつかもうとして手は宙を探すが、あきらめて引っ込む。
6 蝉の声がする。
7 前面のふすまの別の一枚を突き破って、手が一本出る。
8 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
9 蝉をつかもうとして手は宙を探すが、あきらめて引っ込む。
10 蝉の声がする。
11 前面のふすまの左右二枚を突き破って、手が二本出る。
12 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
13 蝉をつかもうとして手は宙を探すが、あきらめて引っ込む。
14 蝉の声がする。
15 前面のふすまの左右二枚を突き破って、手が二本出る。
16 手を前にして、ふすまごと、息子の体が倒れてくる。
17 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声と一緒に、画像を見せてテレビが現われる。
18 ふすまから手を抜いて立ち上がり、蝉を探してあたりを見まわす。
19 あきらめて、アダルトビデオの画像の前に座る。
20 蝉の声がする。
21 立ち上がり、蝉を探してあたりを見まわす。
22 上手の壁に体当たりする。
23 下手の壁に体当たりする。
24 上手の壁に体当たりする。
25 下手の壁に体当たりする。
26 上手の壁に体当たりすると壁が崩れる。
27 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
28 崩れた壁を踏み越え、蝉を探して上手をうろつく。
29 あきらめて、アダルトビデオの画像の前に座る。
30 蝉の声がする。
31 立ち上がり、蝉を探してあたりを見まわす。
32 下手の壁に体当たりする。
33 上手の壁に体当たりする。
34 下手の壁に体当たりする。
35 首を傾げながら指で壁を突ついてみると壁が崩れる。
36 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
37 崩れた壁を踏み越え、蝉を探して下手をうろつく。
38 あきらめて、アダルトビデオの画像の前に座る。
39 蝉の声がする。
40 立ち上がり、蝉を探してあたりを見まわす。
41 後面のふすまの紙を引きはがして蝉を探す。
42 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
43 ふすま紙をどんどん引きはがして蝉を探す。
44 枠だけになったふすまの奥に冷蔵庫が見える。
45 枠をくぐって冷蔵庫に近づき、ドアを開ける。
46 冷蔵庫の中にぎっしりとつまっている蝉の抜け殻が、音をたてて崩れ落ちてくる。
47 崩れ落ちた抜け殻の中に蝉を探して手を突っ込む。
48 冷蔵庫に残った抜け殻の中に蝉を探して手を突っ込む。
49 手が何かをつかむ。
50 つかんだ手を冷蔵庫の中から引っこ抜くと、手の先にはポカリスウェットのボトルがある。
51 ポカリスウェットを部屋中に撒き散らす。
52 逆さにしたボトルの尻を叩き、最後の一滴も捨てる。
53 冷蔵庫の中の抜け殻をかき出し空にする。
54 冷蔵庫の中にボトルを戻し、ドアを閉める。
55 エレキギターを持つ。
56 蝉の声をエレキギターで真似てみる。
57 蝉の演奏に熱中する。
58 下手の隣家で、隣家の妻が耳をふさいでいる。
59 隣家の妻が電話帳をめくりはじめる。
60 隣家の妻が電話をかける。
61 上手の電話が鳴る。
62 電話の音に気づき、息子は演奏の手を止める。
63 息子、受話器を取る。
64 頭を下げながらあやまる。
65 隣家の妻、電話を切る。
66 受話器を置き、エレキギターを持ち直すと、音を一発かき鳴らす。
67 隣家の妻、電話に手をのべる。
68 一発きりのエレキの音に、隣家の妻は電話から手を離す。
69 歩きながら、もう一発、エレキギターをかき鳴らす。
70 隣家の妻、電話に手をのべる。
71 一発きりのエレキの音に、隣家の妻は電話から手を離す。
72 崩れた壁を踏み越え部屋に戻り、エレキギターを置く。
73 ヘルメットをかぶり、ふすまの枠をくぐって消える。
74 オートバイの音がとどろき、消えていく。
75 アダルトビデオの画像が動き、音声が響いている。
76 オートバイの音が近づき、止まる。
77 枠をくぐって部屋に戻り、ヘルメットを脱ぐ。
78 ポケットから、レシートと一緒に紙袋をつかみ出す。
79 レシートを捨て、紙袋を破ると、レスタミンの箱が入っている。
80 箱の封を切り、瓶を取り出す。
81 瓶を置き、ふすまの枠をくぐって冷蔵庫に近づく。
82 冷蔵庫のドアを開ける。
83 冷蔵庫の中にぎっしりとつまっている蝉の抜け殻が、音をたてて崩れ落ちてくる。
84 崩れ落ちた抜け殻の中にポカリスウェットを探して手を突っ込む。
85 冷蔵庫に残った抜け殻の中にポカリスウェットを探して手を突っ込む。
86 手が何かをつかむ。
87 つかんだ手を冷蔵庫の中から引っこ抜くと、手の先にはポカリスウェットのボトルがある。
88 部屋に戻り、レスタミンの錠剤を口に入れると、ポカリスウェットをラッパ飲みする。
89 逆さにしたボトルの尻を叩き、最後の一滴も口に入れる。
90 アダルトビデオの画像に見入る。
91 画像の姿態に合わせて体を動かす。
92 画像と一緒に果てて動かなくなる。
93 画像だけ、またセックスをはじめる。
94 アダルトビデオの音声に蝉の声がかぶさる。
95 蝉の声がだんだん大きくなり、アダルトビデオの音声は聞こえなくなる。
96 外出先から帰ってきた母が、ふすまの枠の向こうに見える。
97 蝉の声が止まり、アダルトビデオの音声だけが聞こえる。
98 様子に驚き、母は部屋の外から中をうかがう。
99 母、ふすまのこわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
100 母、ふすまのこわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
101 ふすまを眺め、枠に手をかけ、ようやく開けて中に入る。
102 後ろ手で、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
103 後ろ手で、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
104 ふすまを眺め、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
105 ふすまを眺め、枠に手をかけてようやく閉める。
106 息子の姿をいぶかしみながら、レスタミンの瓶を取りあげる。
107 瓶を落とし、息子をゆり動かす。
108 上半身を起こす息子の顔からは仮面がなくなっている。
109 母、上手の電話を求めて崩れた壁の向こうへ走ろうとするが、こわれたはずの壁の位置で、見えない壁にぶつかって倒れてしまう。
110 母、立ち上がり、手で壁の位置を探る。
111 見えない壁を叩きながら体を移動させると、枠だけのふすまの前にくる。
112 見えないふすまの表面を叩く。
113 こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
114 こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
115 ふすまを眺め、枠に手をかけ、ようやく開けて出る。
116 後ろ手で、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
117 後ろ手で、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
118 ふすまを眺め、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
119 ふすまを眺め、枠に手をかけてようやく閉める。
120 息子の部屋から出て上手に消えると、アダルトビデオの音声に代わって、蝉の声がする。
121 息子、両耳に手をやり、蝉の声に合わせてリズミカルに耳をふさいでは手を離す。
122 母、電話の部屋に上手から駈け込む。
123 母、受話器を取って父(彼女の夫)に電話をする。
124 母、受話器を置く。
125 母、受話器を取って救急車を呼ぶ。
126 母、受話器を置く。
127 崩れた壁の向こうに息子の姿を見つけて駈け寄ろうとするが、こわれたはずの壁の位置で、見えない壁にぶつかって倒れてしまう。
128 母、立ち上がり、手で壁の位置を探る。
129 見えない壁を叩きながら体を移動させると、背後の見える壁の前にくる。
130 見える壁を叩きながら上手に去る。
131 枠だけのふすまの向こうに母の姿が現われる。
132 母、ふすまのこわれてなくなった引き手の位置にてをかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
133 母、ふすまのこわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
134 ふすまを眺め、枠に手をかけ、ようやく開けて中に入る。
135 蝉の声がアダルトビデオの音声に変わり、耳を押さえる息子の手の動きも音声に合わせてリズムを変える。
136 母、後ろ手で、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
137 母、後ろ手で、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
138 ふすまを眺め、こわれてなくなった引き手の位置に手をかけて閉めようとするが、手が外れて閉まらない。
139 ふすまを眺め、枠に手をかけてようやく閉める。
140 アダルトビデオの音声に合わせて耳を押さえる息子を見て、スイッチを切る。
141 異常な手の動きのまま、息子は立ち上がって蝉を探そうとするが、足がもつれて倒れてしまう。
142 母、息子に駈け寄る。
143 息子、母の両耳に手をやって、異常な動きを続ける。
144 救急車のサイレンの音が近づいてくる。
145 サイレンに合わせて、息子の手のリズムが変わる。
146 隣家の妻、サイレンに聞き耳をたてる。
147 母、息子の手を振りほどき立ち上がる。
148 息子、振りほどかれた手を自分の耳に当てて動かし続ける。
149 サイレンの音が止まり、息子の手の動きも同時に止まって耳をふさいだままになる。
150 隣家の妻、救急車の止まる外へ出るため、小走りに奥へ行く。
151 母、ふすまのこわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
152 母、ふすまのこわれてなくなった引き手の位置に手をかけて開けようとするが、手が外れて開かない。
153 救急隊員A、B、Cが、ふすまの向こうに現われる。
154 ふすまの枠をくぐって中に入りかかる隊員を母は押し戻す。
155 母、ふすまを眺め、枠に手をかけて開けると、隊員を迎え入れる。
156 隊員の一人が息子を抱きかかえて立たせようとするが、息子の足はふるえ、立つことができない。
157 もう一人の隊員が手を貸し、両側から支えて立たせようとするが、息子は耳をふさいだまま足をふるわせる。
158 隊員二人、息子の手を耳から引き離し、隊員の方にまわさせようとするが、息子の手は隊員の耳を一つずつふさいでしまう。
159 耳をふさがれたまま、隊員は息子を運び出そうとして、出入りする方ではないふすまの枠をくぐろうとする。
160 母、隊員を引き止め、開けたままになっているふすまの枠を一度閉め、もう一度開けて、出入口を知らせる。
161 警官A、B、ふすまの向こうに姿を現わす。
162 息子を抱えて出ていく隊員と入れ代わりに、警官は、出入りする方ではないふすまの枠をくぐって入ろうとする。
163 母、警官を押し止め、開けたままになっているふすまの枠を一度閉め、もう一度開けて、出入口を知らせる。
164 警官が入ってくる。
165 母、救急隊員を追おうとする。
166 警官、母を呼び止め、一人は手帳を出して、事故についてのメモをしようとする。
167 母、警官を無視して、出入りする方ではないふすまの枠をくぐって出ようとする。
168 警官、母を引き戻し、母は警官の腕の中で暴れる。
169 もう一人の警官、開けたままになっているふすまの枠を一度閉め、もう一度開けて出入口を知らせる。
170 母、救急隊員を追って消え、警官、母の後を追う。
171 救急車のサイレンが鳴り、遠ざかっていく。
172 救急車を追って、下手から父が鞄を持って走り出る。
173 倒れたふすまに足を取られて転ぶ。
174 立ち上がり、ふすまを片づける。
175 隣家の妻、上手から小走りに現われ、指を差しながら、救急車の行先を教える。
176 父、上手に向かうと、警官が二人現われ、父を止める。
177 一人は手帳を出して、事故についてのメモをしようとする。
178 警官A、Bにはさまれ、父は上手に消え、隣家の妻は面白そうに後を追う。
179 ふすまの枠の向こうに父と警官A、Bが現われ、隣家の奥からは、隣家の奥さんが現われる。
180 父、出入りする方ではないふすまの枠をくぐって入ろうとする。
181 警官、父を引き戻し、父は警官の腕の中で暴れる。
182 もう一人の警官、開けたままになっているふすまの枠を一度閉め、もう一度開けて出入口を知らせる。
183 父と警官、息子の部屋に入る。
184 隣家の奥さん、自殺未遂のニュースを友人に知らせるために電話をかける。
185 警官、レスタミンの瓶を見つけ、父に示す。
186 父、瓶を手に取り、首を傾ける。
187 警官の一人、メモを取り続け、父は首を傾け続ける。
188 溶暗。

    第 二 場
189 救急車のサイレンの音が近づいてくる。
190 サイレンが止まる。
191 溶明。

救急車の病室。
中央にマットをのせたベッドが一つ。
閉じたブラインドが背後にある。

192 看護婦A、布団を持って下手から登場。
193 看護婦A、ベッドを整える。
194 看護婦A、上手に退場。
195 下手から看護婦B、C、Dが、息子を寝かせた車を押してくる。
  息子の鼻孔には胃の洗滌のための管が差し込まれ、脇には点滴の針がある。
  点滴の瓶を持っているのは母。
196 息子をベッドに移し、布団をかける。
197 看護婦の一人、点滴の瓶を母から受け取り、スタンドにぶら下げる。
198 看護婦B、C、D、車と共に下手に退場。
199 上手から医師と看護婦A登場。
  看護婦Aは洗滌具をのせた運搬車を押す。
200 看護婦A、水の器を持ち上げる。
201 医師、注射器に水を吸い込み、息子の鼻の管に注射器の先端を挿す。
202 ブラインドに、卵からはじまる蝉の一生の映像が映る。
  ムービーが困難な場合は、スライドでもよい。
  ムービーの場合は、映写機の回転音を響かせる。
  スライドの場合は、スライド転換の音を響かせる。
203 医師、暴力的な音をたて、水を注入する。
204 医師、暴力的な音をたて、水を胃から吸い取る。
205 看護婦Aの差し出す、もう一つの器に水を押し出す。
206 200と寸分違わぬ動作。
207 201と寸分違わぬ動作。
208 203と寸分違わぬ動作。
  そして音。
209 204と寸分違わぬ動作。
  そして音。
210 205と寸分違わぬ動作。
211 206と寸分違わぬ動作。
212 207と寸分違わぬ動作。
213 208と寸分違わぬ動作。
  そして音。
214 209と寸分違わぬ動作。
  そして音。
215 210と寸分違わぬ動作。
216 211と寸分違わぬ動作。
217 212と寸分違わぬ動作。
218 213と寸分違わぬ動作。
  そして音。
219 214と寸分違わぬ動作。
  そして音。
220 215と寸分違わぬ動作。
221 216と寸分違わぬ動作。
222 217と寸分違わぬ動作。
223 218と寸分違わぬ動作。
  そして音。
224 219と寸分違わぬ動作。
  そして音。
225 220と寸分違わぬ動作。
226 221と寸分違わぬ動作。
227 222と寸分違わぬ動作。
228 223と寸分違わぬ動作。
  そして音。
229 224と寸分違わぬ動作。
  そして音。
230 225と寸分違わぬ動作。
231 226と寸分違わぬ動作。
232 227と寸分違わぬ動作。
233 228と寸分違わぬ動作。
  そして音。
234 229と寸分違わぬ動作。
  そして音。
235 230と寸分違わぬ動作。
236 231と寸分違わぬ動作。
237 232と寸分違わぬ動作。
238 233と寸分違わぬ動作。
  そして音。
239 234と寸分違わぬ動作。
  そして音。
240 235と寸分違わぬ動作。
241 236と寸分違わぬ動作。
242 237と寸分違わぬ動作。
243 238と寸分違わぬ動作。
  そして音。
244 239と寸分違わぬ動作。
  そして音。
245 240と寸分違わぬ動作。
246 241と寸分違わぬ動作。
247 242と寸分違わぬ動作。
248 243と寸分違わぬ動作。
  そして音。
249 244と寸分違わぬ動作。
  そして音。
250 245と寸分違わぬ動作。
251 医師、息子の鼻から管を抜く。
252 看護婦A、洗滌の道具をまとめる。
253 医師、洗滌の手つきを繰り返しながら上手に退場。
254 看護婦A、まとめた道具を運んで下手に退場。
255 父、鞄を持って上手から登場。
  ベッドのわきに行く。
256 看護婦A、寝巻きとT字帯を持って下手から登場。
257 父、母、看護婦Aの三人がかりでT字帯をつけさせ、寝巻に着換えさせる。
258 看護婦A、下手に退場。
259 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
260 父母、息子の体を押さえつける。
261 母、息子の乱れた寝巻を直そうとすると、洩らした小便で寝巻もシーツも濡れている。
262 母、下手に走る。
263 看護婦A、B、C、Dと母、下手より登場。
  看護婦たちはそれぞれ、寝巻、T字帯、シーツ、ビニールを分担して持っている。
264 看護婦たちと母、息子を着換えさせ、シーツを交換し、ビニールを敷く。
265 濡れた寝巻、T字帯、シーツを分担して持って、看護婦B、C、D、下手に退場。
  看護婦Aは上手に退場。
266 医師と看護婦A、上手より退場。
  医師は洗滌の手つきを繰り返している。
  看護婦Aは、カテーテルと、付属のビニール袋を持っている。
267 看護婦A、息子の布団をはぎ、T字帯をほどく。
268 医師、息子の皮をかぶったペニスをつかむ。
269 医師、ペニスを注射器と間違い、洗滌の手つきを繰り返し。
270 看護婦A、カテーテルを突き出す。
271 医師、間違いに気づく。
272 医師、ペニスの皮をむき、亀頭部を露出させると、カテーテルを挿入する。
273 看護婦A、T字帯を直す。
274 医師、洗滌の手つきに戻り、上手に退場。
275 看護婦A、カテーテルの末端にビニール袋をつけ、ベッドの隅にぶら下げる。
276 母、寝巻を直す。
277 看護婦A、布団をかけて下手に退場。
278 ムービーの回転音が低くなり、点滴の音が響く。
  ムービーの映像は、そのまま続いていく。
279 父と母、点滴の滴の動きを見つめる。
280 点滴の音、次第に強くなり、暴力的な高さに達する。
281 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
282 父、息子を押さえつけ、母、下手に走る。
283 看護婦Aと母、下手より退場。
284 看護婦A、点滴の速さを調節すると、点滴の音は次第に弱くなり、ムービーの回転音が代わる。
285 看護婦A、下手に退場。
286 ムービーの回転音が低くなり、ビニール袋に落ちる小便の音が響く。
  ムービーの映像は、そのまま続いていく。
287 父と母、ビニール袋に落ちる小便の流れを見つめる。
288 小便の音、次第に強くなり、暴力的な高さに達する。
289 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
290 父、息子を押さえつけ、母、下手に走る。
291 看護婦Aと母、下手より登場。
  看護婦A、新しいビニール袋を持っている。
292 看護婦A、ビニール袋を交換しはじめると、小便の音は次第に弱くなり、ムービーの回転音が代わる。
293 看護婦A、小便のたまったビニール袋を持って下手に退場。
294 小便を捨てる音が暴力的に響く。
295 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
296 父、息子を押さえつけ、母、下手に走る。
297 看護婦Aと母、下手より登場。
298 看護婦A、落ち着かせようと手を出す。
299 息子、看護婦Aの左手首に自殺未遂の傷跡を見つけ、手をつかんで見ようとする。
300 看護婦A、あわてて手を引っ込めると、息子はベッドを下りて手をつかもうとする。
301 父と母、息子を押さえつけようとするが押さえきれない。
302 看護婦A、息子に近づき左手を差し出す。
303 息子、傷跡を見つめる。
304 看護婦A、手をつかませたまま息子をベッドに寝かせ、静かになった頃合いを見計って手を抜く。
305 看護婦A、下手に退場。
306 父と母、眠ってしまう。
307 看護婦A、下手より登場。
308 看護婦A、息子の傍らに立つ。
309 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
310 看護婦A、仮面を外す。
311 看護帽を外す。
312 白衣を脱ぐ。
313 シュミーズを脱ぐ。
314 ブラジャーを外す。
315 看護婦Aの乳房、蝉をつかもうとする息子の手に近づく。
316 息子、看護婦Aの乳房をつかんで揉む。
317 息子の手の動きが次第に速くなる。
318 手の動きが止まり、乳房から離れる。
319 看護婦A、ブラジャーをつける。
320 シュミーズを着る。
321 白衣を着る。
322 看護帽をつける。
323 仮面をつける。
324 看護婦A、下手に退場。
325 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
326 母、目を覚ます。
327 母、仮面を外す。
328 ブラウスを脱ぐ。
329 シュミーズを脱ぐ。
330 ブラジャーを外す。
  胸は筋肉の隆起を見せ、母の肉体は男性のものである。
331 母の胸、蝉をつかもうとする息子の手に近づく。
332 息子、母の胸をつかんで揉む。
333 息子の手の動きが次第に速くなる。
334 手の動きが止まり、胸から離れる。
335 母、ブラジャーをつける。
336 シュミーズを着る。
337 ブラウスを着る。
338 仮面をつける。
339 母、眠りに入る。
340 息子、上半身をガバと起こし、宙に手を突き出して蝉をつかみ取ろうとする。
341 父、目を覚ます。
342 父、仮面を外す。
343 背広を脱ぐ。
344 ネクタイを外す。
345 ワイシャツを脱ぐ。
  胸は乳房の隆起を見せ、父の肉体は女性のものである。
346 父の乳房、蝉をつかもうとする息子の手に近づく。
347 息子、父の乳房をつかんで揉む。
348 息子の手の動きが次第に速くなる。
349 手の動きが止まり、胸から離れる。
350 父、ワイシャツを着る。
351 ネクタイを結ぶ。
352 背広を着る。
353 仮面をつける。
354 父、眠りに入る。
355 ムービーの回転音が低くなり、点滴の音が響く。
  ムービーの映像は、そのまま続いていく。
356 息子、点滴の滴の動きを見つめる。
357 ビニール袋に流れる小便の音が点滴の音に重なる。
358 息子、布団をはいで、ペニスの先を見つめる。
359 息子、ペニスの先のカテーテルと点滴の滴を交互に見つめる。
360 小便と点滴の音、暴力的な高さに達すると、ムービーの映像は殻を破って出てくる蝉の姿を写している。
361 息子、仮面を再びつけて、おとなしく横たわっている。
362 父母、眠りから覚める。
363 父母、正気に返った息子に気づく。
364 父母、はがれた布団を直してやる。
365 父母、抱き合って喜ぶ。
366 看護婦A、下手より登場。
367 父母、あわてて離れる。
368 看護婦A、体温計を息子の脇の下にはさんで上手に退場。
369 父、ブラインドを上げると、ムービーの映像は消え、梢と青空が窓をふさいでいる。
370 父、窓を開けると、小便と点滴の暴力的な音が静まり、蝉の声が微かに響く。
371 看護婦A、上手より登場。
372 息子、体温計を取って看護婦Aに渡す。
373 看護婦A、体温をメモする。
374 看護婦A、息子の脈をとる。
375 看護婦A、脈の数をメモする。
376 看護婦A、下手に退場。
377 父、腕時計を見て鞄を持つ。
378 父、息子を励ます。
379 父、母に後を託して上手に退場。
380 蝉の声が次第に強く響きはじめ、それにつられて息子の上半身が手を突き出しながら起き上がってくる。
381 母、窓を閉める。
382 蝉の声に代わって、小便と点滴の暴力的な音が響く。
383 息子、布団をはぎ、カテーテルをペニスから引き抜く。
384 息子、点滴の針を腕から引き抜く。
385 止める母を押し倒し、小便と血にまみれた姿で、息子は窓に駈け寄る。
386 息子、窓を開ける。
387 無数の蝉の声が重なり合って響く。
388 息子、窓から飛び下りる。
389 はるか下の地べたに叩きつけられる音が蝉の声を破って響く。
390 溶暗。
391 蝉の声、次第に小さくなり、とだえる。

    第 三 場
392 溶明。
 
     息子の死んだ窓の下あたり。
     木立の葉は色づいている。
 
393 上手から喪服を着た父母が登場。
  母、黒いリボンで束ねた花を持っている。
394 看護婦A、B、C、D、下手より登場。
395 父母、看護婦とすれ違う。
396 父母振り向き、看護婦A振り向く。
397 お互いに会釈し合う。
398 看護婦A、B、C、D、上手に退場。
399 父母、蝉を探して木を見上げる。
400 木の上をあきらめ、根元に目を移す。
401 父母、同時に蝉を一匹発見する。
402 父母、同時に手をのべる。
403 父母、左右の羽を片方ずつつまんで高く持ち上げる。
404 高い位置で手を離して飛ばそうとするが、蝉は飛ばずに落ちてしまう。
405 息子の投身自殺の時と同じ衝撃音が響く。
406 父母、落ちた蝉に目を近づけるが蝉は動かない。
407 父、蝉を指で突ついてみるが動かない。
408 母、蝉を指で突ついてみるが動かない。
409 父、蝉をつまんで掌にのせる。
410 父母、掌の蝉に目を近づけるが蝉は動かない。
411 父、蝉を指で突ついてみるが動かない。
412 母、蝉を指で突ついてみるが動かない。
413 父、蝉を掌にのせたまま、もう一つの手で木の根元に穴を掘りはじめる。
414 母、花束を置き、父の掌から、自分の掌に蝉を移す。
415 父、両手で穴を掘りはじめる。
416 母、蝉を穴に葬る。
417 父母、土をかぶせる。
418 母、石ころを一つ、土の上にのせる。
419 父、花束を供える。
420 父母、合掌して祈りはじめると、花束が宙に舞う。(黒子が操作)
421 父母、花束を追いかけ、二人がかりでつかまえる。
422 父母、花束を供える。
423 父母、合掌して祈りはじめると、花束が宙に舞う。
424 父母、花束を追いかけ、父がつかまえる。
425 父、花束を片手で抱き、ネクタイを外し、ワイシャツのボタンを外す。
426 胸を広げると筋肉の隆起を見せ、父の肉体は男性のものである。
427 父、花束を抱きかかえ、乳首をふくませて花束をあやす。
428 母、花束を抱き取る。
429 父、ワイシャツのボタンをかける。
430 父、ネクタイを結ぶ。
431 母、花束を蝉の墓に供える。
432 父母、合掌して祈りはじめると、花束が宙に舞う。
433 父母、花束を追いかけ、母がつかまえる。
434 母、花束を片手で抱き、着物の胸元をはだける。
  乳房の隆起を見せ、母の肉体は女性のものである。
435 母、花束を抱きかかえ、乳首をふくませて花束をあやす。
436 父、花束を抱き取る。
437 母、はだけた胸元を直す。
438 父、花束を蝉の墓に供える。
439 父母、合掌して祈りはじめると、花束が宙に舞う。
440 父母、花束を追いかけ、二人がかりでつかまえる。
441 父は茎、母は花に手をかけて引っぱり合うと、花束は上下に切れ、二人は尻餅をつく。
442 立ち上がり、切れた花をつなげようと試みる。
443 救急車のサイレンの音が近づいてくる。
444 父母、下手に目をやる。
445 サイレンの音が止まる。
446 母、下手に走って退場。
447 母、救急隊員の一人の手を引っぱって登場する。
448 二人の救急隊員が後を追いかけてくる。
449 父母、花の事故を訴える。
450 救急隊員、茎と花を地べたに叩きつけて下手に退場。
451 母が茎、父が花の部分を拾う。
452 はじめに持っていたのと逆な部分を拾ったことに気づき、交換する。
453 看護婦A、B、C、D、上手より登場。
454 父母、道をふさぎ、花の事故を訴える。
455 看護婦B、C、D、父母の制止を押し切って下手に退場。
456 押し切りかねた看護婦Aのみが花の事故を訴え続けられる。
457 上手より医師が胃洗滌の手つきを繰り返しながら登場。
458 母、医師に取りすがり、花の事故を訴える。
459 胃洗滌の手つきを繰り返す医師を見て、看護婦A、洗滌具をもってこいとの命令だと錯覚する。
460 看護婦A、下手に走って退場。
461 看護婦A、洗滌具をのせた運搬車を押して下手より登場。
462 看護婦A、管を医師に突き出す。
463 医師、洗滌を強要されたと錯覚し、仕方なく管を取る。
464 父母、茎と花を合体させて持ち合う。
465 医師、管を茎に挿そうとする。
466 父母、花の方を指差して、医師の手を止める。
467 医師、管を花に挿す。
468 看護婦A、水の器を持ち上げる。
469 医師、注射器に水を吸い込み、花の管に注射器の先端を挿す。
470 医師、暴力的な音をたて、水を注入する。
471 医師、注入した水を吸い取ろうとするが、水は下にたれ流れ、注射器に入ってこない。
472 父母、たれ流れる水を指差して抗議する。
473 医師、看護婦Aにあごで指示する。
474 看護婦A、下手に退場。
475 医師、洗滌の手つきを繰り返しながら首を傾げる。
476 看護婦A、T字帯を持って下手から登場。
477 看護婦A、T字帯を茎につける。
478 看護婦A、水の器を持ち上げる。
479 医師、注射器に水を吸い込み、花の管に注射器の先端を挿す。
480 医師、暴力的な音をたて、水を注入する。
481 医師、注入した水を吸い取ろうとするが、水はT字帯からたれ流れ、注射器に入ってこない。
482 父母、たれ流れる水を指差して抗議する。
483 医師、看護婦Aにあごで指示する。
484 看護婦A、下手に退場。
485 医師、洗滌の手つきを繰り返しながら首を傾げる。
486 看護婦A、カテーテルとビニール袋を持って下手から登場。
487 医師、カテーテルを花の上部に挿そうとする。
488 父母、茎の下部を指差して、医師の手を止める。
489 看護婦A、茎のT字帯の前を外す。
490 医師、カテーテルを茎の間に挿す。
491 看護婦A、T字帯を直す。
492 看護婦A、カテーテルの先端にビニール袋をつける。
493 看護婦A、水の器を持ち上げる。
494 医師、注射器に水を吸い込み、花の管に注射器の先端を挿す。
495 医師、暴力的な音をたて、水を注入する。
496 医師、注入した水を吸い取ろうとするが、水はたれ流れ、注射器に入ってこない。
497 父母、たれ流れる水を指差して抗議する。
498 医師、看護婦Aにあごで指示する。
499 看護婦A、その場で手をパンと叩く。
500 看護婦B、カテーテルとビニール袋を持って下手から登場。
501 485と寸分違わぬ動作。
502 489と寸分違わぬ動作。
503 490と寸分違わぬ動作。
504 491と寸分違わぬ動作。
505 492と寸分違わぬ動作。
506 493と寸分違わぬ動作。
507 494と寸分違わぬ動作。
508 495と寸分違わぬ動作。
  そして音。
509 496と寸分違わぬ動作。
510 497と寸分違わぬ動作。
511 医師、看護婦Bにあごで指示する。
512 看護婦B、その場で手をパンと叩く。
513 看護婦C。カテーテルとビニール袋を持って下手から登場。
514 501と寸分違わぬ動作。
515 502と寸分違わぬ動作。
516 503と寸分違わぬ動作。
517 504と寸分違わぬ動作。
518 505と寸分違わぬ動作。
519 506と寸分違わぬ動作。
520 507と寸分違わぬ動作。
521 508と寸分違わぬ動作。
  そして音。
522 509と寸分違わぬ動作。
523 510と寸分違わぬ動作。
524 医師、看護婦Cにあごで指示する。
525 看護婦C、その場で手をパンと叩く。
526 看護婦D、カテーテルとビニール袋を持って下手から登場。
527 514と寸分違わぬ動作。
528 515と寸分違わぬ動作。
529 516と寸分違わぬ動作。
530 517と寸分違わぬ動作。
531 518と寸分違わぬ動作。
532 519と寸分違わぬ動作。
533 520と寸分違わぬ動作。
534 521と寸分違わぬ動作。
  そして音。
535 522と寸分違わぬ動作。
536 523と寸分違わぬ動作。
537 医師、看護婦Dにあごで指示する。
538 看護婦D、その場で手をパンと叩く。
539 看護婦D、登場する看護婦がいないことを悟る。
540 看護婦D、看護婦A、B、Cの鼻先で手をパン、パン、パンと叩く。
541 看護婦A、B、C、茎の下で大きく口を開ける。
542 527と寸分違わぬ動作。
543 532と寸分違わぬ動作。
544 533と寸分違わぬ動作。
545 534と寸分違わぬ動作。
  そして音。
546 535と寸分違わぬ動作。
547 536と寸分違わぬ動作。
548 父母の抗議を無視し、医師、花の部分から管を抜く。
  茎のカテーテルとT字帯は、そのまま。
549 看護婦C、洗滌の道具をまとめる。
550 医師、洗滌の手つきを繰り返しながら下手に退場。
551 看護婦A、B、C、D、運搬車と共に下手に退場。
552 父母、合体させた茎と花をそっと引っ張り合う。
553 茎と花が離れてしまう。
554 上手より警官A、B登場。
555 父母、下手を指して、医師や救急隊員の無法を訴える。
556 警官、訴えに取り合わず下手に去ろうとする。
557 父母、茎と花を合体させる。
558 合体させた花束を横に突き出し、道をふさぐ。
559 警官、きびすを返して上手に向かう。
560 父母、警官を追いかけようとすると、茎と花が離れてしまう。
561 父母、そのまま警官の前にまわる。
562 父母、茎と花を合体させる。
563 合体させた花束を横に突き出し、道をふさぐ。
564 警官、花束を手で払うと、二つに離れて花束が落ちる。
565 母が茎、父が花の部分を拾う。
566 持っていたのと逆な部分を拾ったことに気づき、交換する。
567 その間に、警官は下手に退場してしまう。
568 父母、蝉の墓の前でグッタリ座る。
569 枝から離れた葉が地べたに数枚降ってくる。
570 降ってくる葉に目を止め、上から下へ葉を追って父母の首が動く。
571 息子の投身自殺の時と同じ衝撃音が数回響く。
572 父母、茎と花を置き、蝉の墓を手で掘り返す。
573 隣家の妻、下手より登場し、立ち止まる。
574 父母、羽を両側からつまんで蝉を取り出す。
575 父、羽をむしって食べる。
576 母、羽をむしって食べる。
577 隣家の妻、ハンドバッグから携帯電話を取り出し、友人に電話する。
578 父、蝉の体を二つにする。
579 父、母に半分やる。
580 父母、蝉の体を食べる。
581 黒子、隣家の妻の顔の前で、自分の唇に人差し指を当てて電話を止めさせようとする。
582 黒子の存在に気づかず、隣家の妻の電話は止まらない。
583 父母、蝉を丹念に噛みながら、折れた花束を右手につかむ。
584 黒子、電話を吊り上げ、下手に向かう。
585 隣家の妻、手を伸ばして追いかける。
586 黒子、隣家の妻、下手に退場。
587 父母、折れた花束を錫杖のように直立させながら、ゆっくりと立ち上がる。
  父の持つ茎には、寛容にも、T字帯、カテーテルなどの、この世の汚れをつけたままだ。
  左手の掌を上に見せ、父母の姿は地蔵である。
588 黒子二人、父母の後ろから仮面を外してやる。
589 父母、念仏を唱えるように蝉の声を響かせる。
590 溶暗。
591 蝉になった父母の声、だんだん低くなって消えていく。
 
 
〒170東京都豊島区東池袋*の**の**の***
  向井豊昭 58歳 無職

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