キツコーが いました
向井豊昭


 キツコーが いました。
 うみの まんなか、キツコーは、さかなつりを はじめます。
「たいへんだァ! くじらが かかってしまったァ!」
 ワッサ ワッサと ふねが きて、くじらは、おかに ひっぱられる。
 ムシャ ムシャ ムシャ。
 くじらなべを かこみながら、よるを わすれて、みんなは さわぐ。
「ああ おいしかった。ごちそうさん、キツコー。」
 みんなは ニコニコ。キツコーも ニコニコ。
 おこったのは オニババです。
「うるさくて ねられやしない!」


 やまの まんなか、キツコーは、うさぎがりを はじめます。
「たいへんだァ! くまが かかってしまったァ!」
 ワッサ ワッサと ひとが きて、くまは、ひろばに ひっぱられる。
 ムシャ ムシャ ムシャ。
 くまなべを かこみながら、よるを わすれて、みんなは さわぐ。
「ああ おいしかった。ごちそうさん、キツコー。」
 みんなは ニコニコ。キツコーも ニコニコ。
 おこったのは オニババです。
「うるさくて ねられやしない!」


「アーニャア、イーニャア、ウーニャア、エーニャア、オーニャア!」
 オニババ さけぶと、くろい くも、むらの うえに あらわれる。
 モク モク モク。ザー ザー ザー。ゴー ゴー ゴー。
 おおあめです。おおみずです。
 うみは どろいろ。かわは どろいろ。むらも どろいろ。
 どろの まんなか、キツコーは、そらを みあげてかんがえます。
「よし、あまぐもと、はなしを つけよう。」
 キツコーは、どろを そらへ つみあげる。 どろの やまは、くもに とどき、どろの てっぺん キツコー のぼって たちあがる。
「おい あまぐも、どうして オニババの みかたを するんだ!」
「ごめん ごめん。キツコーには かなわない。ほんとに かしこい キツコーだ。」
「おれが かしこい?」
「おまえの ほった ためいけに、あめは ぜんぶ のまれていくじゃないか」
「おれの ほった ためいけ?」
 どろの やまから みおろすと、なるほど ためいけが できている。どろを つむために ほった ばしょが あめを のんで ためいけになり、おおみずは おさまっていた。
「ああ つかれた。」 
 どろの やまを すべりおり、キツコーは、ねどこに たおれこむ。
 グー グー グー。ムニャ ムニャ ムニャ。


「カーニャア、キーニャア、クーニャア、ケーニャア、コーニャア!」
 オニババは、また さけぶ。こんどは、はいいろの ゆきぐもが、むらの うえに あらわれた。
 モク モク モク。ノタッ ノタッ ノタッ。ヒュルン ヒュルン ヒュルン。
 おおゆきです。おおふぶきです。
 うみは まっしろ。かわは まっしろ。むらも まっしろ。
 しろの まんなか、キツコーは、そらを みあげてかんがえます。
「よし、ゆきぐもと、はなしを つけよう。」
 キツコーは、ゆきを そらへ つみあげる。ゆきの やまは、くもに とどき、ゆきの てっぺん キツコー のぼって たちあがる。
「おい ゆきぐも、どうして オニババの みかたを するんだ!」
「いばりくさって ものを いうな。にんげんの かなわない ものだって あるんだぞ。5000000000000000ねんのあいだ、ゆきの したに むらを とじこめてやる!」
「おまえに なんか まけるものか! 50ねんの うちに、この ゆきを とかして みせるからな!」


 みしらぬ やまを こえ、みしらぬ かわを わたり、みしらぬ むらを とおり、キツコーは あるきつづけました。
 ユラ ユラ ユラ。
 ちょうちんが ゆれ、よみせが ならんでいます。
 カラン カラン カラン。チャリン チャリン チャリン。
 すずが なり、さいせんが なり、みやこは、おまつりの よるでした。
「さあ さあ、いらっしゃい いらっしゃい! なんばんてじなだよ! なんばんてじなが はじまるよ!」
 ワッサ ワッサと、こやの なかに はいる ひと。ひとに もまれて はいろうと する キツコーの うでが つかまれた。
「こら まて! ぜにを ださぬのか!」
「おれに ぜには ありません。」
「それなら ここで はたらくんだ!」
「はたらきますよ。はたらきます。ここで はたらかせて くださいな。」
 こうして キツコーの なんばんてじなの べんきょうが はじまりました。


 てじなで つかう ガラスの たまを、キツコーは おとしてばかり。20000こ わりました。
 てじなで つかう でんき(エレキ)の しかけを キツコーは まちがえてばかり 40000かい やけど しました。
 てじなで つかう シャボンの みずを キツコーは ひっくりかえしてばかり。60000かい ぬれました。


 50ねんが たちました。
 ゆきに うまった むらの まんなかに、なんばんてじなは やってきました。
 ドン ジャン ドン ジャン、ジャン ジャン ドン。
 たいこが なり、かねが なります。
 むらびとは ゆきの したで ねむりつづけ、おきゃくは、なんと オニババ ひとり。
「いったい なにが はじまるんじゃ?」
 くびを かしげる オニババの まえで、ぶたいのまくが ひらきます。あらわれたのは ひとりの じいさん。しらがとしわに かわっていても、たしかに、それは、みた かお です。
「おまえは キツコー?!」
「おれは キツコー。やくそくどおり やってきたぞ。むらから ゆきを ふきとばす、シャボンだまの なんばんてじなだ!」
 フーッと キツコーは、くちを とがらせて、いきを ふきました。まわりの ゆきは、つめくそ ほども とびちりません。
「ハハハハハ。」と、オニババは わらいます。
 フーッと キツコーは、かおを あかくして、いきを ふきつづけました。まわりの ゆきは、みみくそ ほども とびちりません。
「ハハハハハ。」と、オニババは わらいます。
 フーッと キツコーは、ほほを ふくらませて、いきを ふきつづけました。むねが ふくらみ、はらが ふくらみ、からだは、まるで ふうせん です。
「ハハハハハ。」
 ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ、ききゅうの ように ふくらむと、バーンと おとをたてて、キツコーは われました。
 かぜが うずまき、オニババは、そらの かなたへ ふきとびました。むらを うずめる ゆきが ふきとび、ゆきは、シャボンだまに すがたを かえ、そらへ そらへと、とんで いきます。
 ムク ムク ムク。むらびとたちは、ねむりから めを さましました。
「ワーッ、きれい!」
 ひかりを うけて シャボンだまが おどって います。うっとりと した みんなのかおが、シャボンだまに うつって います。
 うつすかおも からだも、キツコーは、もう もっていませんでした。

(了)

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