明治三十七年のダマガシキヅネ

向井 豊昭


「卯の花って知ってる?」と、わたしは台所に立つ妻にたずねてみた。
「知ってる。豆腐のおから」
「違うよ。それじゃなく、花の卯の花だよ。これ、これ」と、居間のわたしは立ち上がり、『北海道の森林植物図鑑』を開いたページを妻の目の前に持っていった。
「ああ、ダマガシキヅネ!」と、妻は古い知己に行き会ったように大きな声をたてた。
 津軽出身の彼女である。ダマガシキヅネを標準語に翻訳するならば、『騙かし狐』となるだろう。
 図鑑にある写真の花は白かった。小さな花が枝にひしめき、こぼれ落ちるようなにぎわいである。ユキノシタ科に属し、髄が中空なので空木とも呼ばれるそうだ。北限は函館あたりと図鑑には書いてある。
 空木(うつぎ)にして卯の花、卯の花にしてダマガシキヅネのことを函館の人たちが詠んだ明治時代の雑誌のコピーがわたしの机の上に置いてある。明治三十七年十月二十二日発行の『函館教育会雑誌』第百六十五号――その『文苑』欄に『函館旭桜吟社歌集』というものがあり、『卯花』という課題で詠まれた十人の歌が一首ずつ載っているのだ。
 ところでこの歌、濁点抜きの表記となっているため、読み難いと言えば読み難い。今風の表記に書き直そうかとも思ってみたが、元の姿を尊重することにした。頭の体操のつもりで、百年前の言語世界にジャンプをしていただきたい。

                           駒木根   章
  さかりなる卯つ木の花はともすれは垣根に残る雪と見えけり

                           柿 本 きん子
  田舎みちすゝろありきも面白しうつ木の花のさきつゝきつゝ

                           宮 島 関 風
  この星は真白に咲ける卯の花に夜を来る道も迷はさりけり

                           鈴 木 重 直
  卯の花の咲初めしより夏の日のいとゝ長くもおもほゆるかな

                           蔵 山 良 見
  村消の雪間の道とたとられてやみにもしるく咲ける卯の花

                           桜 井 清 見
  打するより浪のあやさへく白川の岸の卯の花咲まさりけり

                           鳥 海 清 蔭
  いつくまてつゝく山路の花ならむ咲ける卯つ木の面白きかな

                           柳 谷 春 樹
  谷川の石にせかれて打寄する波かとはかり見ゆる卯の花

                           中 島 きみ子
  山せかせ夕涼しくそよ吹きて雪にまかへる垣の卯の花

                           北 条 玉 洞
  野に山に卯つ木の花の咲初めて夏いちしるく成まさりけり

                           窪 田 亮 吾
  卯の花咲にけらしなうは玉のやみもまよはぬ里のほそみち

 雪に化けたり、波に化けたりする卯の花の様子を詠むこれらの歌に接すると、ダマガシキヅネというネーミングはピンポーンの感がある。
 函館でも、そう呼んだのだろうか? そして今、函館では、その花を何と呼んでいるのだろうか? いや、それよりも、初夏の白い化け花は、今でも函館で健在なのだろうか?

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