鶴田知也戦前期作品についてのノート
1 昭和十年まで

※公開を意図してない断片的なメモを元にしているので、記憶をたよりに整理している部分も多い。手元に作品がある場合はある程度参照して記述を補強している。なお、必ずしも表記通りの初出で読んでいるわけではない。何で読めるのかは作品リストを参照。2014.06作成。

子守娘が紳士を殴った 「文芸戦線」1927.11LINE.PNG - 78BYTES
子守娘デビュー作。紡績会社専務の妾の子守娘が、妾への不義理な行動を繰り返す専務に古箒で殴りかかる、という話。捨てられ、いじめられてきた子守娘の来歴が語られ、専務と子守娘が対比される。そして同時に、社会主義者の許婚を捨てて専務を選んだものの、死に際になっても専務は見舞いに来ない、という不義理をされる妾に親身になり献身的な世話する子守娘の共感的感情が、妾の死後、専務への義憤として噴き出す。この質朴な共感と義憤をテコにした作風はやはり今見ると鶴田らしいと言うべきだろうか。子守娘を捨てた親が北海道か樺太に逃げ、病院の掃除婦の息子は満洲で子供ができた、という細部に、新天地・辺境としての北方の位置が見えてくる。この作の舞台は東京ではない地方という設定。なお、初出誌の目次では、「殴」ではなく「欧」の旧字に誤植されており、国会図書館のデータベースでもそうなっているのでこの表題で検索するとヒットしない。

なかま 「文芸戦線」1927.12
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湯浅平太郎という老人が社会の敗残者(廃兵、傷病者)を集めて世話している。九州から来た主人公(鶴田を思わせる)がそこに加わり、交流する。九州出身者はこの後も度々作品に出て来るし、「湯浅」という苗字は以降も頻出する。蔵原が下層階級の描写に優れている、と評した。

海鳴り「文芸戦線」1928,01LINE.PNG - 78BYTES
争議のなかにある村で、流れ着いた若者二人が抗議のための集会を開き、そこで聞こえてきた海鳴りに、革命への声を聞く、という作品。蔵原惟人の時評で言及され、平野謙や川西政明の昭和文学史にも言及されるなど、プロレタリア作家時代の代表作と言えるだろうか。しかし、この作だけが盛んに言及されるのは妙で、蔵原が評価言及したから後の書き手が代表作として孫引きしているだけではないだろうか。『プロレタリア文学集11』に収録。

牛に関する教訓的な物語「創作時代」1928,03LINE.PNG - 78BYTES
二つの掌篇で構成されている。一つは、障子に穴を開けてなかを覗き込んでいたら、その障子の穴は牛の肛門だった、というたちの悪い冗談のような笑話。もう一つは、双子を孕んだのかと思い牛の胎内からもう一匹を引っぱりだそうとしたら、胎盤を引きずり出してしまい雌牛死んでしまう、というもの。どちらもひどい話で、酔いの席などで口にされていたと思わせる。

牧場を逐われて「文芸戦線」1928,06LINE.PNG - 78BYTES
「海鳴り」と直接の繋がりはないものの、人名や経緯等が類似しており、後日談としてもよめる。組合を作ろうとして牧場を追放されたという男が主人公。組合結成の経緯は語られず、専ら追いだされる時の農場主夫妻との喧嘩別れの様子と、その後飲み屋で愚痴を言っている場面とで構成されている。自分を追い立てた農場主が、元仲間の腕っ節の強い奴を呼んで自分を叩き出すのをおそれていたけれど、そいつは来ることはなく、後に飲み屋で、そいつが自分は巡査ではない、と言って呼び出しを拒否していたことを知り、そこに微かな希望を抱く、という話。「内地」に対する北海道という場所について触れられてもいて、流れ者の多い場所ゆえに、浮浪者の起こした事件などから警戒感が非常に強いと描かれている。出て来る「アイヌ名の村」とはどこだろうか。「海鳴り」同様、農場主がキリスト教徒と設定されている。鶴田作品には頻繁にキリスト教徒が出て来ることがあり、鶴田にとっての大きな関心事だっただろうことがうかがわれる。今作でも、「結局私には基督教徒なるものが我々の味方であるか敵であるか、或はそれ以外の何物であるか、正直な所皆目解らなかった」という台詞があるように、いろいろな位置づけの人物がキリスト教徒に設定されており、作中での扱われ方はなかなか分かりづらいものがある。自身の信仰と懐疑とが反映されたのだろうか。『プロレタリア文学集11』に収録。

シベリヤから返ってきた手紙「文芸戦線」1928.09LINE.PNG - 78BYTES
ロシアとの戦争に出征した息子への手紙。自身の愚かさへの嘆きと資本家への批判。『プロレタリア文学集11』に収録。

闇の怒「文芸戦線」1929.01LINE.PNG - 78BYTES
本論で指摘した通り、鶴田知也の八雲体験が凝縮された傑作。資本家と労働者、和人とアイヌという非対称の権力構造が重ね合わされる。『日本プロレタリア文学集』で収録、解説された以外ではろくに言及もされておらず、ほとんど評価もされていなかった。詳細は本論を参照。『プロレタリア文学集11』に収録。

あたらしき血「文芸戦線」1929.02LINE.PNG - 78BYTES
無職の青年が主人公。「なかま」での湯浅氏が出てきたような。放浪する男に目を留め、同類と思い声を掛ける。次号に続くと出たまま続きは出ていない。都市でのオルグ話だったと思うけれど、どういう話だったかは思い出せない。目次では「あたらしき空」となっているので注意。

「文芸戦線」1929.09LINE.PNG - 78BYTES
電波局技師湯浅圭介が、社会的運動に誘われる。投げ込まれたビラにあった演説会に参加しようとした所、演説者が警察に検束されていくのを目の当たりにする。同時に、下宿の娘と関係を持っている彼は、社会運動と情欲との葛藤に悩まされることになり、遺書を置いて自殺する。正直これはきついな、と思った作品。プロレタリア運動と青年の性的苦悩というテーマを絡めて書いているけれど、下手に文学的にしようとして失敗している印象がある。国会図書館のものには、末尾に何か殴り書きがされている。

牡牛と故郷「文芸戦線」1930.02LINE.PNG - 78BYTES
北九州から出て来た東京の源さん(森川源次)を主人公とする。不義の子を孕んで村人に責められ、自殺した妹への思いから村を恨む。貧乏人のための世界の運動をするために上京する。運動のなかでついに拘禁される。兵営で「社会主ギ」と出会う、とメモがあるけれど、いつの時点かは覚えてない。ポジティブな希望を持たせる作品。

インテリゲンチヤ「文芸戦線」1930.07LINE.PNG - 78BYTES
本論でもふれた、軽妙なコント。鉄鉱組合のインテリとう渾名の男がある工場でオルグをはじめたところ、みんな親族だったので失敗する、という短い作品。「等閑記」23回目によると、実体験を書いたものという。菊池寛の小説を毎日持ってくる奴はろくな代物ではない、という台詞があるのは後の芥川賞受賞を考えると面白い。

密漁組合「プロレタリア文学」1930.07LINE.PNG - 78BYTES
国会図書館に所蔵してないか、私が見つけられなかったため、未読。後、「等閑記」でこの作品の話は実話だったというような話があった。

町工場「文芸戦線」1930.09-LINE.PNG - 78BYTES
菅野好馬との共作による連載。全四回。菅野の経験・草稿を鶴田が構成表現等助力したとの説明がある。工場での労働者仲間の悲惨な生活を描き、工場主の虐使を告発する。とはいえ、工場主の暴虐を描きながらも、彼がそうせざるを得ないのは社会的苦境のためだ、という観点があり、なかなか興味深い。

工場閉鎖「読売新聞」1930.09-11LINE.PNG - 78BYTES
読売新聞での連載。青木壮一郎、里村欣三との共作となっている。じつは戦前の読売新聞はプロレタリア文学関係の記事が多く、勝本清一郎や平林初之輔といったプロレタリア文学の評論家が時評を書いていたりしている。メモも取らずに読んで、内容を全部忘れてしまったので後に何か補足したい。

「葉山嘉樹『稚き闘士』」日本評論社1930.11LINE.PNG - 78BYTES
葉山の代作での鶴田の第一長篇。ある労働者の息子として生まれた賢太郎少年を主人公として、彼が闘士として目覚めるまでを描く作品。遅生まれの自分は学校に行けないのに、警察署長の息子が行けるのは何故か、と少年は問う。そして貧困の労働者が泥棒をして鞭での罰を受け、夫婦共に自殺する事件が起きる。賢太郎の警察への憤りと権力への反抗を育てることになる。そして重要人物として出て来るのが薪之助という聡明な少年だ。彼はキリスト教徒で癩病患者を匿ったりしている。また、近くにある鉱山労働者への虐待が話題ともなり、資本家は大臣さえも支配できる、という。そして、第四章では虐げられた坑夫達の蜂起が発生し、そこで知り合いが事務所長を短刀で刺すところを見たため、脅されて彼を逃す、という二つの事件は賢太郎の少年時代最大の事件として記憶される。その後、キリスト教を背景にした、薪之助の信仰を持っていればいつかは、という信仰絶対主義と、賢太郎の抵抗の肯定とが厳しく対立することになる。憧れのクリスチャンの年長者という人物造形は鶴田にとっての葉山を想起させずにはおかない。けれども、信仰を言うばかりで実際的行動を拒否する薪之助と対立する賢太郎少年という構図なので、葉山に誘われ運動に参加した鶴田にとって薪之助がイコール葉山とはならないだろう。代作のためか、葉山嘉樹研究からも、鶴田研究からも漏れる作品となっているようだ。

アルパゴンと泥棒―オニールの為めに (童話)「文戦」1931.01LINE.PNG - 78BYTES
童話形式でモリエールの『守銭奴』を下敷きにした作品。フランスに金持ちだけを狙う義賊が現われる、という話で、社会主義の寓意にも読める。ただ、アルパゴンの悪行などが描き込まれているわけではないので、アルパゴンが悲惨なだけに見え、むしろ彼に同情してしまいかねない。

ユーラップ河の秋「若草」1931.01LINE.PNG - 78BYTES
本論でも紹介した、八雲地名もの小説の第一号。抒情的な自然描写と、ロマンチックな駆け落ちの逃避行。娘を金持ちに嫁がせようとする老父に抵抗して駆け落ち、というところにプロレタリア文学らしいところがある。

「文戦」1931.02LINE.PNG - 78BYTES
短い作品で、ある白痴の男の葬式で、坊主の金欲と宗教への怒りを語る。全然記憶にない。

責任者「文学時代」1931.04LINE.PNG - 78BYTES
ホテルの食堂の支配人が、咳、短気、欠勤のコックを解雇したけれど、失業者が妻子共に自殺するニュースを見て不安になる。また、ゴミ捨て場で犬と人間とが残飯をめぐって骨肉の争いをするさまを見る。支配人は、すべて社会の罪で「僕には責任はない」とつぶやいて倒れてしまう。社会の困窮のさまを中間管理職側の人間から描いた作品。

幸福―或いは地獄―「文戦」1931.09LINE.PNG - 78BYTES
夢の話のような作品。道は堅パン、噴水は酒、家はパン菓子、というような描写。革命暴動の失敗する夢を見て気落ちする。

或る農夫の話「文戦」1932.07LINE.PNG - 78BYTES
二千マイルの遠い戦争から「凱旋」して村人に歓迎され気分良く酔っていた農夫が、自分の家族が不作と窮乏にあえぎ、大事な家畜を売り払わざるを得なくなっていた現実を知り、「百姓を無理無態に飢え死にさせるような世の中」に怒りを燃やす反戦・反軍国主義小説で、津田孝によれば「社会民衆党などの社会民主主義政党が、「満州事変」以後、中国侵略戦争を公然と是認するにいたった時期」に発表された。という文章を本論に入れようとしてカットした。『プロレタリア文学集11』に収録。

二カペイカの銅貨「レフト」1932.09LINE.PNG - 78BYTES
これも未見。「レフト」自体は所蔵しているものの、この号はない。

シナリオ これが東京だ。「レフト」1933.01LINE.PNG - 78BYTES
映画のシナリオとして作成された脚本。労農映画同盟映画第一作、監督は鶴田自身とクレジットされている。東京へ出て来た田舎の青年が、失業者やホームレスを見て、失業反対演説会のビラ貼りなどをする。町の労働者達の発憤を見て、自分の部署は村だ、と決意し帰郷する。という話。カットや字幕なども書かれている。

源さん一家「レフト」1933.03LINE.PNG - 78BYTES
組合運動の将来についての疑問などが語られ、源さんの妻もまた工場での抵抗を行っているという。農民を組織するにはどうするか、という話。子供が生まれる、という希望。源さん一家、という運動一家に希望を見る話。

ペンケル物語「レフト」1933.09LINE.PNG - 78BYTES
本論参照。熊撃退をめぐる村での若者と老人たちとの内紛。叙事詩的文体の第一号。レフト掲載作と後の文芸文庫版ではやや文章が異なっており、改稿されている。

風変わりな狩猟の話「初出不明」1933LINE.PNG - 78BYTES
医者Fが、朝鮮での狩りの話をする。メモも断片的で記憶もない。自伝的な狩猟ものの第一号だろうか。朝鮮体験は鶴田には結構大きいものがあるけれど、作品に出て来るのは初めてだろうか。

葉山嘉樹「六月の真昼の殺人事件」LINE.PNG - 78BYTES
葉山の代作短篇。初出確認をしていなかった。1933年の全集に収録されているのでこれ以前の作。九州のある村で、「地主で高利貸しで、近在一円の怨恨を買っている岩井」が白昼殺される。家にいた妻、娘、下男の四人が犠牲となった。目撃者の男は動転しており、目撃した男の顔も思い出せず、警察に犯人ではと疑われる。岩井の親族として事情を聞かれた男は、岩井は、誰からも嫌われ、死を望まれていた、社会から裁かれたのだと豪語し、警察はなぜ犯人を捜そうとするのかと問いかける。社会悪の男と、無私の義憤から殺害へと至る男とを書いた作品。

霧の農場「新文戦」1934.03-LINE.PNG - 78BYTES
未見。後の『T農場の人々』の元となった作品という情報のみしか知らない。北海道の図書館に第二回目かがあるらしい。

或る日の予審廷「政界往来」1935.08LINE.PNG - 78BYTES
殺人未遂犯人の法廷での証言、という体裁の作品で、借金のカタに妹を差し出せと言われ、泣く泣く仔牛を売りに行くけれど、予想した値段の半額ほどで売るしかなくなり、酒を飲み反物を買って帰ると財布をすられていた。家族を村の者や軍人会が慰問してくれるので戦争へ行って死にたい、と願い、演習動員を本当のものと間違えて喜んだのを馬鹿にしてきた知人を焚木で殴りつけた。という悲惨な困窮者のありさまを書いた作品。

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